矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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日一日の命

かぐや姫物語(6・最終回)

2024年09月22日 02時03分22秒 | 「かぐや姫物語」、「新・安珍と清姫」

 早朝に目が覚めると、藤吉はかぐや姫の膝の上に伏していました。先日も同様のことがあったのですが、さすがに藤吉はがばっと跳ね起きると、姫に向かって告げたのです。
「姫様、今日は八月十五日です。こうしてはいられません! 全てのことが今日中に決まりますので、私はすぐに竹取の翁様のもとへ参ります」
藤吉が息せき切ってこう述べると、かぐや姫が落ち着いた声で答えました。
「藤吉殿、そうです。今日中に全てのことが決まりますので、覚悟を決めてください」

 そして八月十五日、竹取の翁の館は朝早くから物々しい雰囲気に包まれました。この日、かぐや姫が月に帰るというのです。竹取の翁も嫗(おうな)も早く目を覚ましましたが、そこへ藤吉(とうきち)が朝一番にやって来ました。
「お早うございます。今日は一日中、私は翁様の側にいて命令通りにしますが、嫗様はどうされますか?」
「私は一日中、姫の側にいて見守りたいと思います。何か不測の事態になれば、それは私の責任になります」
「いやいや、それは嫗のせいではないぞ。全ての事はわしの責任になる。藤吉も今日は一日宜しく頼む」
竹取の翁夫妻はいやが上にも緊張した様子です。藤吉はそのあと、昨夜の出来事を翁夫妻に報告しました。それは美しい鶴の話などかなり詳しいものでしたが、“羽衣”の件については何も語りませんでした。妙なことに羽衣について藤吉は、かぐや姫と自分の共通の「秘め事」だと考えていたのです。それは羽衣の秘密を、かぐや姫が彼にだけ教えたからでしょうか。それとも藤吉が最後の段階で、姫と思いを共にしたからでしょうか・・・それは分かりませんが、羽衣の存在は藤吉以外の誰にも知られなかったのです。

 こうして、八月十五日は刻々と過ぎていきました。蒸し暑い一日です。午後になると朝廷の用意した2000人の兵士が、勅使の近衛少将・高野大国(たかののおおくに)に率いられ館の周りに到着しました。竹取の翁夫妻はもちろん、勅使らの一行を丁重に出迎えたのです。
「竹取の翁殿、もうご心配は無用です。どのような敵が現われようとも、われわれの軍勢が必ずかぐや姫を守ってみせます。これは帝(みかど)のご命令ですから、われわれは命がけで事に当たります。重ねてご心配の無きように」
高野大国の力強い言葉に、竹取の翁夫妻は感激に身を震わせました。帝のご命令によってこれほどの軍勢が集結したのです。もう怖いものは何もありません!
「勅使殿、ご出陣まことに痛み入ります。これでかぐや姫は全く安泰でしょう。どうぞ宜しくお願いいたします」
翁夫妻が深々と頭を下げると、高野大国はにっこりと微笑みました。自信満々といったところです。こうして、2000人の兵士が配置されましたが、都の人達も何事が起きるのかと興味津々の様子でした。

夏の蒸し暑さが肌にまとわり付くような日ですが、かぐや姫を守る人達は全員が意気軒昂でした。それは帝(みかど)自身が強い意志を持って姫を守ろうとしていることが、皆に伝わっていたからです。いわば全員が帝の命令でかぐや姫の“親衛隊”になった気分でいました。
兵士は築地(ついじ)の上に1000人と、さらに館の屋根の上に1000人が配備され、ほかに多くの使用人が動員されました。そして、竹取の夫妻は嫗(おうな)が塗籠の中でかぐや姫を守る一方、翁は戸に錠をおろして出入り口に立つなど万全の防御態勢を取りました。いわば“水も漏らさぬ”布陣を敷いたのです。
やがて日暮れとなりました。どこかで蝉の鳴き声が聞こえます。犬の吠え声も時おり聞こえます。大勢の人が集まったので犬も驚いたのでしょう。今宵は満月の夜ですが、高野大国は早くから“かがり火”を焚かせました。どんな敵が現われようとも、弓矢や刀、槍などで万全の戦闘態勢を整えたのです。2000人の軍勢が鎧、兜に身を固め武器を手にした姿は壮観でした。
夜が深まるとともに、満月が皓々と辺りを照らします。なにか普段の満月よりも明るく感じられますね。かがり火を焚いていますが、それも要らないくらい明るくなってきました。
やがて子の刻(午前0時ごろ)になると、竹取の翁の館の周りは昼間以上に明るくなり、人の毛穴まではっきりと見えるようになりました。都の人達の目には、それはまるで館が“浮き上がって”見えるように感じられたのです。
その時、一陣の風が吹きました。かがり火が揺らぎます。周りが異常に明るく光ったので、藤吉(とうきち)は不思議に思って部屋の外に出てみました。空を見上げると、一条の光の彼方になにか物体のようなものが浮かんで見えます。
「なんだ、あれは!」 館の周りから幾つもの声が上がりました。藤吉も目を凝らしますが、それが何なのかよく分かりません。しかし、やがてその物体は強烈な光を放ちながら、館の上空に降りてきました。
「あれは、なんだ!」 再び幾つかの声が上がりました。よく見ると、それは“巨大な気球”のような形をしていたのです。

その物体は館の上空で止まっていましたが、暫くすると“天人”の代表とおぼしい数人が現われ、次のように述べました。
「われわれはかぐや姫を迎えに来た。汚れきったこの世から彼女を救うためだ。かぐや姫はすっかり罪深い女になってしまったが、今からでも遅くない。すみやかに月の都に戻れば、また初めからやり直すことができるだろう。さあ、分かったらすぐに、かぐや姫をわれわれに引き渡せ~」
それは大声ではなかったものの、説得力のあるしっかりした声でした。館を守っていた朝廷側の守備隊長が「弓を引け~!」と叫びました。兵士らは一斉に弓矢を取って矢をつがえようとします。ところが・・・兵士らが矢をつがえようとしても、なぜか手に力が入りません! 手が萎えてぐったりするのです。まるで“物の怪”に襲われたようですね。
それでも、気がしっかりした数人の兵士がなんとか矢を放ちました。しかし、矢はあらぬ方向へ飛んでしまって、全く話になりません。そんな中、天人の代表ら数人は、地上五尺(約1,5メートル)ほどの所を館の中央にある塗籠(ぬりごめ)へ向かって進んでいきました。築地の上の兵士らも刀や槍を構え向かっていこうとしますが、こちらも手足が萎えて座り込んでしまう始末です。どうしようもないですね。
ちょうどその頃、塗籠の中では嫗(おうな)がかぐや姫のすぐ側にいて守っていました。竹取の翁は戸口の外で剣を手にし、夫妻そろって姫を懸命に守ろうとしていたのです。ところが天人の代表らが塗籠へ向かった頃、かぐや姫は嫗に奥の小部屋に行きたいと言いました。奥の小部屋ならもっと安全なので、嫗は別に不審に思わずこれを許しました。
ところが、そこには例の“羽衣”を隠していたのです。かぐや姫はその羽衣を着て再び塗籠に現われました。すると、前とは全く違って、晴れやかで明るい表情を見せていたのです。憂いや悲しみの陰は微塵もありません。かぐや姫は立ったままで挨拶しました。
「お婆様、いよいよお別れです。長い間、本当にありがとうございました。どうぞお元気に、いつまでも達者でいらしてください」
かぐや姫が一礼したので、驚いた嫗は出入り口を守っていた竹取の翁を呼びました。

 翁が塗籠の中に入ると、かぐや姫が美しい微笑みを浮かべながらこう述べました。
「お爺様、いまお婆様にもお別れの挨拶を致しましたが、長い間本当にありがとうございました。私のような者をよくお育てになり、いくら感謝してもし過ぎることはありません。 お別れの時がやってきました。どうぞお体を大切にして、いつまでも達者でいらしてください」
かぐや姫は立ちながら挨拶しましたが、深々と頭を下げました。竹取の翁はどう返事をしたら良いのか、言葉も見つかりません。暫くすると翁は込み上げる涙で嗚咽し、嫗(おうな)もたまらずその場に泣き崩れました。
すると、いつの間にか全ての戸や格子が開け放たれたため、藤吉ら多くの使用人がそこへ集まってきました。かぐや姫は藤吉を見つけると次のように述べました。
「藤吉殿、あなたにもいろいろお世話になりました。私は月の都に帰りますが、これまで申し述べたことを必ず守ってください。私がいなくなったからといって、殉死や情死は決して認めません。あなたはなすべき事を必ず果たしてください。分かりましたね」
凜としたかぐや姫の声に、藤吉は身の引き締まる思いでした。

 「それでは皆さん、お別れです。いつまでもお元気でいてください」
かぐや姫は大勢の使用人にそう言うと、にっこりと微笑みました。明るく晴れやかな表情を見せながら、羽衣をまとった彼女は天人(てんにん)らのもとへ行きます。すると、かぐや姫の体も宙に浮かびました。白と水色の縞模様の“羽衣”が、鮮やかに輝いて見えます。
多くの兵士も使用人も、手足が萎えて身動きが取れません。ただ見上げるだけです。かぐや姫と数人の天人らは、真昼のようにまばゆい月光に照らされて巨大な物体に近づきました。 その物体は“気球”のような形をしていましたが、見方を変えれば円盤状の“UFO”に見えたでしょうか。それが何なのかは地上の人間には分かりません。
ただ、巨大な物体に乗り込む時、かぐや姫の姿が美しく大きな鶴(つる)の姿に変わって見えたのです。これは藤吉をはじめ竹取の翁夫妻、さらに多くの人がそう見たのです。かぐや姫は最後に鶴に変身したのでしょうか・・・ それは分かりませんが、姫を乗せた巨大な物体はやがて轟音を立てながら、漆黒の闇の中へ消えていきました。

 八月十五日が過ぎて、世の中は再び平穏を取り戻しました。しかし、あれほど関心を集めたかぐや姫はもういません。彼女はこの世の人でなくなったのです。かぐや姫を失って、最も嘆き悲しんだのはもちろん竹取の翁夫妻です。
二人は悲しみに打ちひしがれましたが、その老夫婦の面倒を見るのは藤吉(とうきち)の役目でした。これは藤吉がかぐや姫と交わした約束であり、なんとしても守らねばなりません。他の使用人の多くは、かぐや姫を失った竹取の翁夫妻に見切りをつけ暇(いとま)乞いする者が続出しましたが、藤吉ら数人は夫妻のもとに残ったのです。
しかし、高齢の夫妻は日に日に弱っていきました。かぐや姫がいなくなって生きる張りも気力も失い、翁と嫗はそれから数年のうちに相次いで亡くなりました。藤吉にとって救いだったのは、竹取の翁夫妻が最期に心からの感謝の念を表わしたことです。
夫妻の静かな最期を見取った藤吉は、いよいよもう一つの約束事に取りかかりました。それは後世の人にかぐや姫の物語を伝えることでしたが、前にも述べたように彼は“仮名文字”を習っていたため、すぐに書き始めることができました。

 さて、ここで帝(みかど)の話をしておきましょう。八月十五日夜以降に開封するという条件で、帝はかぐや姫から長文の手紙を受け取っていました。そして、かぐや姫が昇天した話を家臣から聞いたうえで、帝は手紙を開封しそれに目を通しました。その内容は実に詳細なものだったのです。
あまり詳しく話せませんが、かぐや姫が大友皇子(おおとものみこ)の家臣・田辺小隅(たなへのおすみ)の娘であり、実は大友皇子の妃の一人だったことなどが明かされていました。そして、彼女は一族と共に「壬申の乱」に敗れあの世へ旅立ちましたが、再びこの世に現われ、貴族ら5人の求婚者に無理難題を押し付け、仇を討った話などが書かれていました。
帝はかぐや姫の素性や生い立ちを初めて知りましたが、思い当たることが多々ありました。姫が朝廷への出仕を最後まで拒んだこと、帝の求愛を適当にあしらったことなどが思い出されます。
帝はかぐや姫の長い手紙を読んで、その内容は誰にも明かすまいと決心しました。いえ、自分が明かさなくとも、かぐや姫の物語はいずれ世に伝わると判断したのです。

 帝(みかど)の思惑どおりに、やがて、かぐや姫の物語は『竹取物語』として一般に知れ渡るようになりました。作者は不詳でしたが、帝はある筋から藤吉(とうきち)という者が書いたとの情報を入手しました。
そこで使いの者を出し、話が聞きたいから出仕するようにと再三促しましたが、藤吉は理由を付けてなかなか現われません。帝は彼を仕官させようと考えたのでしょうが、ある日、藤吉は突然“失踪”しました。どこへ行ったのか、さっぱり分かりません。
帝は藤吉が最後までかぐや姫に忠実に仕えたことを知っていましたから、ぜひ話を聞きたかったのです。このため、追っ手を四方八方に放ちましたが、藤吉の行方は全く分かりません。何ヶ月かたって、朝廷もついに彼の探索を諦めました。藤吉は“行方不明者”ということになったのです。
筆者も藤吉がどうなったのか分かりません。ただ、竹取の翁夫妻の最期を見取り、かぐや姫の物語をまとめたのですから、もう思い残すことは何もなかったでしょう。いつでもかぐや姫の跡を追うことができます。
そして、藤吉が失踪してから1年ぐらいして、都で妙な噂が広がりました。旅の人の話ということですが、駿河の国と甲斐の国にまたがる日本一高い山で、藤吉に似た若い男の死体が発見されたということです。
ところが、地元の人達がその遺体を収容しようと動き回っているうちに、大きな鷲(わし)が飛んできて、それをさらっていったという話でした。遺体には自害したような跡があったそうですが、詳しいことは分かりません。
地元の人達は亡骸(なきがら)があった場所でささやかに菩提を弔いましたが、その時、再びあの大鷲が上空を旋回したそうです。しかし、若い男の遺体はいずこともなく姿を消したままでした。(終り・2013年9月5日)

〈あとがき〉
イメージとして、1987年の東宝とフジテレビの作品『竹取物語』がある。これは市川崑監督で、沢口靖子主演の映画であった。

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