風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

2010年04月22日 | 詩集「母の肖像」
Bu


ちっちゃい鯨ね
ぼくの絵日記をみて母が言った
海色の夏休み


まちの博物館の
部屋いっぱいに展示された鯨の骨を
ぼくたちはスケッチした


鯨も夢をみたのだろうか
とほうもなく大きな夢を
まるい船の窓そっくりの
博物館の窓を
ぼくは青く塗りつぶした


骨のままで眠りつづける鯨
夢のなかで
夢のそとで
ぼくは探しつづけた
丸い窓には
空と海しかなかったけれど


ときどき鯨の夢をみる
草原をおよぐ
緑色の長いながい夢だ
繋ぎとめられた無数の
鯨の白い骨のように
夢は目覚めることができない


だから、おかあさん
ぼくはまだ帰ることができません


(2005)






リハビリ

2010年04月19日 | 詩集「母の肖像」
Haha


おかあさんの左手の指
5本の指を
2本にしたり3本にしたりする
2本はふたりね
3本はなんだろう
3人ではなくて
親と子ども
みっかとみつき
それとも3年
指には言葉がありすぎて


おや指とひとさし指
おや指となか指
くっつけたり離したり
人と人がくっついたり離れたりかしら
記憶と記憶がくっついたり離れたりかしら
言葉と意味がくっついたり離れたりかしら


やっぱり言葉でないとわからないね
声だしてみて
なにかしゃべってみて


カエリタイ


それって言葉だよね
いきなり出てくるんだもの
暗号みたい
なんか難しそう
困ったね


歌うたおうか
おじいちゃんがよく唄っていたね
八戸小唄おぼえてるよね
鶴さん 亀さん 鶴さん 亀さん
鶴さ~ん 亀さん
鶴さん 亀さん
鶴さん 亀さん
うたうと涙がでるね
おぼえてる歌は楽しい歌ばかりなのに


病院の夕食は早いね
離乳食みたいなペーストで
形がないから噛まなくてもいいけれど
ミドリやキイロはなんだろう
サカナかな
オイモかな
タマゴかな
言葉さがしをしているみたい
アタマがあってメダマがあって
ウロコがあってホネがあって
ヒレがあってシッポがあったら
サカナはサカナで安心なのに
おかあさん
おどおど食べてるみたい
いやいや食べてるみたい
赤ちゃんみたいに口あかないね


ゆうがたのサイレンはさようならの合図かしら
帰りたいけど帰れない
帰れないひとにもさようならはあるのかな
さようならがないひとにさようならなんて
私も帰るところを失くしたみたい


さようならの代わりに
じゃあ ガンバッテなんて
私も言葉が貧しいね
おかあさん


(2004)