風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Mado22


階段の上に子供がいる
それはぼくだ
ぼくは階段をのぼる
すると
子供はもういない


階段の下に子供はいる
それもぼくだ
ぼくは階段をおりる
するとまた
子供はいない


かつて誰かを
階段の途中で待っていた
ぼくと誰か
そのときは
ふたりとも子供だった
その日
父が生まれ
母が生まれた


(2008)


2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Rekishi2


妹が泣いていた
だいじなオルゴールの中に
嫌いな虫がいるという
ふたを開けると
ときどき
キロロンと虫が鳴く


ふしぎな音のでる
オルゴールのピンを折ってしまったのは
ぼくなのだ
妹はそれを知らない


いっぱいだいじなものを壊した
父の万年筆とカメラ
母のネックレスと手鏡
おじの釣竿とバイク
みんな好きなものばかり


壊れるように
父は眠り
おじは消えた
母は歩行器がないと歩けない
この秋
母親になった妹は
はじめて
虫の声を聞いている


(2008)


電車ごっこ

2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Densya


ちいさな電車だった
いくつも風景をやり過ごした


乗客はいつも決まっている
新聞のにおいがする父と
たまねぎのにおいがする母
シャンプーくさい妹と
無臭のぼく


電車ごっこの紐は
祖母の着物の腰紐だった
停車する駅も決まっている
五丁目と市民病院前


ある夜
祖母をとおい駅まで運んだ
妹はお風呂のような匂いの中でねむり
父と母は長い話をしていた
ぼくはずっと耳を澄ましていたが
だんだん話が遠くなって
知らないところへ運ばれていった


あれから
ぼく達のちいさな電車は
走っていない


(2007)


どんぐり

2010年04月27日 | 詩集「家族の風景」
Tombo


ひとつふたつと
どんぐりの実をかぞえながら
息子は
年の数をおぼえた


ぼく みっつ
小さな指で
小さな生き物のような実をつまんで
みっつの命をならべていたが


あっというまに
二十をこえ
三十をかぞえる
やっと自慢できることは
自分の包丁を持っていることだと言う
深夜の調理場で砥石に向かう
たぶん手は傷だらけだろう


ひとさし指と親指で
どんぐりに似た実をつまんでは
そっと包丁を当てる
息子だけの
そんな街があるらしい


ときには
ひとつふたつ
みっつと
ポケットいっぱいの秋を
数えきれない


(2007)