風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ぼくらのオリンピック

2010年04月28日 | 詩集「ぼくたちの神様」
Manyo


あの川の向こう岸はアテネだった


大岩のスタート台を蹴って
抜き手で瀬をわたる
空には虹のような五輪の雲
つかめそうでつかめない
すべてが美しく
すべてが遠かった


川上の瀬をスタートして
川下の浅瀬がゴール
クロールに背泳ぎに平泳ぎ
ときには犬かき


さお竹の棒高跳び
つけもの石の砲丸なげ
レスリングに相撲
毎日がオリンピック
水をける砂をける空をける
ホップにステップにジャンプ
砂の記録はいくども書きかえられ
風とともに消え失せる


勝者も敗者も
砂のベッドで息たえる
ただ流れる雲を追っている
どこの果てへ行きつくのかもわからない
ときには空の切れまに落ちそうになる
いつしか
浮遊する雲のひとつになっている


ぼくらの夏にメダルはない
オリンポスの太陽に焼かれるだけ
砂の栄光にまみれるだけ
ぼくらは何ひとつ残さない
ぼくらは夏も残さない


あの夏は
どこへ行ってしまったのだろう
川岸にはスーパーマーケットができ
ぼくらのアテネは道路になった
車が走りぬけるこの道は
あのローマに通じているのだろうか
もうすぐマラソンランナーたちがゴールする
アテネはどこにあるのだろう


(2004)


精霊おくり

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Red5


見えない川の流れが
ひかりの道になって伸びてゆく
やがて暗がりの海を
無数の生き物のように
静かにひらいてゆく


煩悩の揺らぎをくりかえし
見送るひともいつしか舟のひととなる
山は浅くつらなり
外海の潮は荒々しく松林を越える
北国へ向かう街道の
細長い土地で生きたひとびと
陸(おか)は万作だ 浜は大漁だ 狐の堤燈 ボウ
新盆の軒下にさがる細長いちょうちん
家々から放たれる鉦の静寂


精霊の灯はつぎつぎと
川を満たし海を満たし夜を満たす
残された人も中陰の岸にたち
賑わいながら遠ざかる
夏の背中を見送っている


     * * *

    北茨木にて。 「陸は万作だ……」は野口雨情の詩から引用。


(2004)


残されて、夏の

2010年04月28日 | 詩集「ディープブルー」
Himawari


日焼けするほどの
夏の記憶ものこせずに
白いからだは
季節を素通りするようで
恥ずかしい


夏は虫をたくさん殺したので
血は水のように薄くなってしまった
土からうまれ土にかえる
虫がさかんに嘆いている
ツク ヅク オシイ
ツク ヅク イッショウ


虫の顔も人の顔も似ている
生きることと死ぬことの
境いめの宙を舞っていた
無数の翅のきらめきが夢のようで
目覚めても目覚めても
なお目覚めようとする


翅をとじた虫は
ことしも夏を越えられない


ツク ヅク オシイ
ツク ヅク イッショウ
空まで届きそうな静寂のなかを
翅のない私は
虫たちの翅を踏みながら歩くのです


(2004)


かごめかごめ

2010年04月28日 | 詩集「カクテル」
Kouen2


秋の夜長です
そとは虫の声です
娘と私
ふたりだけのかごめかごめ
うしろの正面だあれ
呼んでみても誰もいない
いつまでもいつまでも
かごめかごめ


まわるうちに
輪がひろがってゆく
鶴がでてくる亀もでてくる
小さな手がつぎつぎに
鳥になったり人になったり
誰が誰だかわからない
とうとう前もうしろも
正面ばかり


かごめかごめ
ふたりともかごのなか
そとは静かです


(2004)


運動会の、空へ

2010年04月28日 | 詩集「風の記憶」
Tabi2


せんせい
わたしバツイチです
減点ばかりでごめんなさい


ひとり残されて
校庭で逆立ちの練習をしている子
あれは、きみだろうか


きれいなアナウンスの声に
嫉妬してしまうわたし
富士山ってそんなに高いのか
3776m、ミナナロウでしたね、せんせい
でも、だれもなれやしない


5段組みのてっぺんで
輝いてる子
あれはぜったいに
きみではない


きみは高所恐怖症で運動オンチ
逆立ちもできないし側転もできない
富士山のずっとずっとすそ野の
地べたに伏せている子らのひとり
土だらけになっている
そんな子らのひとり


さがしてもさがしても見つからない
きみの四季はただ塗りつぶされてしまう
きみの大地は灰色のクレヨン
きみの空も灰色のクレヨン
もくもくと、もくもくと入道雲の
きみはもくもくのひとつ
ゆうだちの雨粒のひとつ
そよぐ稲穂のひとつ
はらはらと落葉のひとつ
こんこんと雪のひとつ
そして春、桜の花びらのひとつ


きみはどこにいるんだ


終わる終わる
きみを見つけられないままで
運動会が終わる


きみはわたしを避ける
きみはすぐに目をそらすから好きだ
きみの名前が好きだ
ノートにきみの名前をいっぱい書いて
いっぱいキスをする


せんせい、知ってますか
キスって宿題の味がしたんですよ
それと
わたし逆立ちもできます
バク転もできます


逆立ちをしたら
キミが見えるだろうか
キミのいない校庭をもちあげて
万国旗の空へ落ちてゆくんだ
青い波紋がひろがって
だんだん視界が薄くなる
だれもいない空
いつかの空
どこに隠れたんだ
きみは


(2004)