今朝はじめて、ハナニラの花が咲いているのを見つけた。
ハナニラは触れるとニラに似た強い匂いを放つが、それ自身も季節を嗅ぎつける鋭い嗅覚をもっているのか、冬の間ベランダで忘れられていた植木鉢に、いち早く春を運んでくるのもこの花だ。ささやかではあるけれど、忘れてはいなかったよと。
ベランダの植木鉢で、ハナニラが咲き始めたのはいつ頃からだろう。
最初はおそらく、小鳥か風が運んできたものではなかろうか。ある年の春、うす青色の小さな花が咲いているのが見つかった。その花はひとつかふたつ、ひっそりと咲いた。雑草にしては可憐だなと思った。そんな春があった。
また、ある年には、ベランダの植木鉢のすべてを侵食するほどの勢いになった。ハナニラは雑草のように繁殖力も旺盛だった。
その頃は家族も増えて、家の中もにぎやかだった。手狭になると幾度か住まいもかわった。やがて娘が結婚して、孫も生まれた。最後に息子が家を出ていくと、あとには夫婦だけが残った。
それからも変わらずに、ハナニラはわが家のベランダで咲きつづけた。
今年もまた、ハナニラの花が咲いたことを知らせると、妻はさっそくベランダに出て確かめている。可愛い花だと言いながら眺めていたので、その花の名前や花にまつわる思い出話をする。
いつものように妻は、私の言葉に頷きながらも、その花の名前を繰り返し聞き返してくる。妻にとって、花は確かにそこにある。しかし花の名前はすぐに消えてしまう。
いまやっと、一輪だけ咲いたハナニラの花、名前を忘れられても季節を忘れない花は、やがて賑やかに花の言葉を語り始めるだろう。
「2025 風のファミリー」