百姓通信

自然と素直に向き合い、全身で風を感じて私は百姓しています。
①土づくり②循環型③無農薬・無化学肥料④永続性を大切に!

納豆  その2

2013-04-09 23:40:30 | Weblog
納豆は納豆菌から出来る大豆のこと。
納豆菌は従来、藁の中にワンサカといて、藁の中に茹でた大豆を入れて保温すれば納豆になったはずなのですが、今は茹でた大豆に納豆菌をかけて少し温度をかけるのが基準の製法となっているようで、藁で包む場合も大豆と藁が直接触れないように納豆をビニールに包むことが衛生上大切になっているようだ。

納豆  その1

2013-04-09 00:47:12 | Weblog
大豆をこだわって栽培している農家が、納豆までつくってしまうかことはごく珍しい。
お味噌は百姓でも農閑期に仕込むことは出来るが、お醤油やお豆腐、納豆まで手掛けている農家は少ない。
というのも、これらは自分たちだけではなかなか出来ず、やはり専門の食品加工会社と連携を組む必要があり、その企業にはこだわった栽培を理解していただく必要がある一方で、加工して頂いた商品を販売する努力も必要になってくる。

アーモンド

2013-04-07 23:35:55 | Weblog
桜の花ではありません。
梅、桃、桜の間に咲くこの花の正体は、アーモンド!
ピンク色の花弁は、桜のそれより少しスレンダーで何ともかわいい!
日本におけるアーモンドの栽培記録は、日本で最も歴史があるナッツ会社、東洋ナッツ食品がカリフォルニアのアーモンド会社から昭和53年に贈り物として頂いた苗木20本から始まるといわれている。

風車

2013-04-06 22:48:38 | Weblog
“くさつ夢風車”はクリーンな自然エネルギーを活用し、公共施設に電力を供給することを目的に平成13年から稼働を開始した。
しかし、今日の日のような春の嵐(これは“爆弾低気圧”とも呼ばれ)においても勢いよく回ることなくなんとも大きな造作物に成り下がってしまっている。
一昨年、コンバーター(ドイツ製)の故障で止まった風車は、修理費が1千万円を超えるといわれたため、半年間も放置された経歴を持つが今回も何等かの原因で動けなくなっているのだろうか。

観念論

2013-04-06 00:41:08 | Weblog
桜が満開になり、人々は花を愛でる。
明日から春の嵐の模様。
花の咲いていない時は見向きもされない時も多いが、
散るから愛されるのか、
咲いている期間が短いから、
やさしく見つめられるのか。
観念論か、唯物論か、
思うから見えるのか、
みえているからおもうのか。
株価や金利、為替がやけに上下しているが、
根拠のない理論に左右されているのではと思うのは・・・。

手を伸ばす!

2013-04-04 22:25:34 | Weblog
夢は手を伸ばさなきゃ掴めやしない。
夢に手が届くかどうか、
あとどれほど背伸びすれば届くのか、
あと何㎝なのか、イヤ全然遠く離れているのか?
努力するのはアタリマエ、
そこに更に“運”が必要、
“運”はいつやってくるかわからない。
常に準備しておかない、
自分を信じ、機会を伺い、何があっても手は下ろさない!

2013-04-03 23:27:12 | Weblog
「やろうと思う」と「やる」の間には大きな川が流れている。
その川を渡るか渡らないかでは大きな差がある。
川を渡ろうと思った人と川を渡った人の違いは思慮深いか無鉄砲な違いだけか、
責任観はどちらの方があるといえるのか、責任感の問題ではないのか。
やらずに後悔するよりも、やれるところまでやって全てを受け入れる方が潔い。

坪内逍遙

2013-04-02 23:11:35 | Weblog
美濃加茂市の太田小学校は、江戸時代の太田代官所の敷地内にあり、そこは坪内逍遙の生誕地でもある。
校舎内には『逍遙山椿の部屋』があり、隣接する「逍遙公園」には顕彰碑が建っている。
満開の桜の下を通り抜け、木曽川の土手に向かうと逍遙ゆかりのムクノキがある。桜やムクノキは、大地に立ち、時代をしっかりみつめている。

春夏秋冬

2013-04-01 23:26:47 | Weblog
「春をながめる 余裕もなく、
夏をのりきる 力もなく
秋の枯葉に身をつつみ
冬に骨身をさらけ出す
今日ですべてが終わるさ
今日ですべてが変わる
今日ですべてがむくわれる
今日ですべてが始まるさ」
泉谷の『春夏秋冬』をブツブツぶつぶつ唄っていた時期があった。
昨夜同じ様な青春時代を送った人がいた。青春とはそういうものなのかもしれない。

手間をかける。

2013-04-01 00:00:16 | Weblog
手間をかける。
とは、・手を使う、・時間をかける ということなのだろうか。
“手”をあまり使わなくなった現代社会
“時間”をかけることをあまり良しとしない現代社会、
折角の神様の凄い贈り物、創造したものを何でもカタチに変える魔法のような存在の“手”、
時間を短縮して、効率を追求して、機械化を図り、無人化を進め、結果、私達は得たのか。
時間は誰にも等しく、無制限に降り注ぐ、こちらも神様からの大切な大切な贈り物!

今一度、“手間をかける”ことについて深く考えてみたい。