「おい。いたずら書きしたって、なにも変わらないぜ」と、それまでなにも起こらなかった地面から、ゆらゆらと湯気がくゆり始め、真っ白く立ちこめた中から、むくむくとなにかが顔を出した。
「――これって、ふかふかした鎧? じゃなかったら、布を貼り合わせて膨らませた、雲? みたいな服かい」
と、グレイは身を乗り出して言った。
「ほんとだ。もこもこして雲みたいだな」と、ジローは現れた半袖ベストを、興味深そうに見ながら言った。
「驚いたな」と、マコトは、はしゃいでいるサオリを見ながら言った。「簡単な数式じゃないはずなのに、書き間違えた数字をつけ加えるなんて」
「詳しくはありませんが」と、同じように驚いていた又三郎は言った。「魔法使いの術を破れるのは、同じくらいの術を持った魔法使いです。もしかすると、サオリ殿はあなたと同じように、子供の姿をしているだけなのかもしれませんね」
「――」と、唇を引き結んだマコトは、なにも言わなかった。
「さあ、これを使って、扉の魔女に会いに行こうぜ」
と、マコトはみんながベストを手に取ると、残ったベストに素早く袖を通した。
「大きさはこれしかないのか? こんなに小さくちゃ、おれには着られないぞ」と、ベストを手にしたジローは言ったが、袖を通すと、まるで計ったようにベストが膨らみ、ちょうどいい大きさになった。「――これって、膨らむのか」
「ちょっと大きすぎるかなと思ったけど、着るとちょうどよくなるね」と、ベストを着てもこもこに膨らんだグレイは言った。「でもアオは、さすがに着られないみたいだね」
と、アオは人が着るベストしかないのに機嫌を悪くしたのか、咥えたベストをぽいと放り投げ、地面をうろうろしていた。
つまらなさそうにしているアオを見て、マコトは言った。
「アオは空が飛べるんだから、必要ないだろ」と、マコトはみんながベストを着終わったのを確認すると、使い方を説明し始めた。「グレイが言ったとおり、これは雲みたいに空に浮かぶベストだ。ふわふわ宙に浮かんで、移動することができる。使いこなせば自由に飛び回ることもできるが、最初は生きた心地がしないくらい難しい。だから、先頭を行くオレに続いて、みんなそれぞれ手を繋ぐんだ。さっさと扉の魔女に会いに行こうぜ」
ひょいと跳び上がったマコトは、再び着地することなく、じわりじわりと浮かび始めた。
見上げていたサオリの脇を抱えて、ジローはマコトと手を繋がせた。
「さぁ、離されないように次々に来るんだ」と、高く上り始めたマコトは言った。
「わかった」と、サオリに続いてジローが飛び上がると、グレイはジローの手をつかんで飛び上がり、もう一方の手を伸ばして、又三郎を引っ張り上げた。
「ありがとうございます」と、又三郎はグレイにお礼を言うと、残ったアオが翼を広げて舞い上がり、又三郎の背中に止まって、一緒に空を上っていった。