くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

王様の扉(132)

2023-12-31 00:00:00 | 「王様の扉」

「――ジロー。ジロー、どこだ。ジロー」
 
  青い光が、声の限りに呼ぶ声は、いくらもしない間に、海にひしめくほど集まった船員達の声で、かき消された。

「――ジロー。ジロー、どこだ。ジロー」

 と、捜索は日が暮れるまで続いたが、ジローの姿は見つからなかった。
 船に上がった人達は、ジローが人間だったのか、それとも人ではない別の存在だったのか、口々に思いを交わし合った。
「これが見つかった。おまえのだろ――」と、さみしく遠くの海を見ている青い光に、船員がひと振りの銛を手にして言った。
「――ありがとう」と、青い光はお礼を言うと、海底から見つけたという自分の銛を受け取った。「――」
「食われたはずなんて、ない」と、手にした銛を見ながら、青い光は言った。
 そこへ、甲板の陰で拾ったラジオを手に、船の行方がやって来た。
「それって――」と、青い光は、ラジオを耳に当てながら、目を白黒させている船の行方に言った。「なにか、聞こえるの?」
「――」と、船の行方は小さく頷くと、言った。「ジローがいた時は、声なんか聞こえやしなかったんだがな。気のせいか、あらためて耳を澄ませると、確かに誰かがしゃべっているんだ」
 ラジオを手にした青い光が耳に当てると、船の行方が驚いたとおり、間違いなく誰かがしゃべっているのが聞こえてきた。

「聞こえるよ。これ、聞こえるよ」

 と、青い光が耳にしているのは、ジローの無事を放送しているエスの番組だった。

“ハァイ! こちら銀河放送局。
 今日もあなたに送るハートのメッセージ――。
 しっかりキャッチしてね”

 時折入る雑音に邪魔されつつも、明るい女性の声が聞こえてきた。

“ジローは、ドリーブランドに戻りました。失っていた記憶を取り戻して、自分自身も取り返しました。
 短い間だったけれど、大海原で生活する人達と出会って、一緒に海で暮らした日々は、忘れがたいものになりました。ありがとう、青い光さん。
 ですって。それでは、めずらしい鯨のヒットソングをお届けします――”

 聞き慣れた鯨の歌声が、ラジオから聞こえてきた。耳を澄ませていたのは、青い光と、船の行方だけではなかった。一緒に口ずさむように、海で休んでいる鯨達のうちの何頭も、楽しそうに口ずさんでいた。

 

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王様の扉(131)

2023-12-31 00:00:00 | 「王様の扉」

「――危ない」と、船の行方が叫んだ。
 ジローが、サメから振り落とされないのは異常な光景だった。大波を上げて海面に叩きつけられる衝撃を何度も食らって、立ちあがっていられるはずがなかった。
「あいつ、人間じゃなかったのか」と、船の行方は、船長と互いの顔を見合わせた。
 しかし、なにがあったのか、それまでの力強さが嘘のように、ジローが海に投げ出された。
「あいつ――」と、息を吹き返した青い光がスピアに乗って助けに行こうとしたが、周りにいた船員達は、涙を呑んで青い光を押さえ、助けに行かせなかった。

「――」

 と、青い光の雷のような悲鳴が、鳴り響いた。
 海上に浮かび上がったジローは、海を割るほどの勢いをつけて向かってくるサメを目の当たりにしていた。

 おれを倒した後は、船を襲うつもりだろうな――。

 静かな声が、胸の奥でつぶやいた。見ると、こちらにやって来るサメに向かって、目に見えない糸がピンと伸びていた。扉の在処は、サメが知っているようだった。
 自分には出せない力が、腹の奥底に眠っているのを感じていた。無尽蔵なその力が蘇れば、目の前にいるサメなど、恐るるにたりなかった。
 ジローは、手首の環を引きちぎった。記憶を取り戻せば、命を落とすかもしれない。しかし、このままでは、船の人達と鯨達が、無事でいられるはずはなかった。思い悩むことなど、あるはずもなかった。
 思ったとおり、手首の環を引きちぎったとたん、爆発的な力と共に、自分自身の記憶が鮮明に蘇ってきた。

「――おれは、人間なんだ」

 サメに食いつかれる寸前に言ったジローの言葉は、見守っている人々の耳には、聞こえなかった。ただ、サメがジローに食いついたとたん、微塵に裂けて飛び散ったサメの姿は、人々の脳裏に鮮明に焼きついていた。

「おい、ジロー?」

 と、赤く染まった海に、人々の視線が向けられた。
 サメが砕け散った海に、ジローの姿はなかった。
 スピアに乗った青い光が、そばにいた船員の手から銛を奪い取ると、ジローがいた海に向かっていった。

 

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