「もう。黙って見ちゃいられないわ」と、アレッタは女の子の手を引いたまま、水をかくように進むと、閉まりかけた『王様の扉』に言った。「ちょっと待ってあげなさいってば。私が作ったにしては、ずいぶんせっかちな扉だこと」
アレッタが『王様の扉』の前にやってくると、学生の隣にいたもう一人の女性が、心配そうな顔をしたまま、先に扉の中に飛びこんだ。と、そのすぐ後から、最後に残った学生が扉をくぐろうとしたが、彼女を追いかけてきた追っ手の女が、わずかの差で彼女に追いつき、扉の中に入りかけていた彼女の足を引っ張って、引き戻そうとした。
「危ない――」
と、閉まりかけた扉に手をかけていたアレッタは、学生の足を引っ張る女性に気がついて言ったが、扉と扉の中間にいるアレッタの声は、扉の向こう側には、まるで聞こえていなかった。
「もう。このままじゃ腕がちぎれちゃうじゃないの。もう少しだけ、閉めるのを待ってあげなさいよ」
アレッタの言葉がやっと通じたのか、『王様の扉』は心持ち扉の閉まるのを遅くしたが、アレッタの後ろにいた女の子が声を震わせて言った。
「だめ。早く閉めないと、怖い人が追いかけてくる――」
困惑したアレッタが女の子を振り返ると、女の子はアレッタの服の端をぎゅっと強くつかみながら、
「――怖い。怖いよ。怖い人が大勢向かってきてる」
と、すすり泣くような声で繰り返していた。
『王様の扉』に手をかけていたアレッタだったが、扉も危機を察知したのか、ここで扉を閉めなければ、災いを産む者達を送り出してしまう、とささやくような声で言っているのを聞き、扉にかけていた手をやむを得ず離した。
ぎゃあ――。
と、学生の足首をつかんで離さなかった女性の悲鳴が、耳をふさぎたくなるほど残酷に響いた。
アレッタの目の前を、必死で扉に助けを求めていた学生が飛び去っていった。すれ違い際、切断された女性の腕が、執念深く学生の足首をつかみ続けているのが見えた。
『夢の扉』は、最後の女性をその扉の奥に吸いこむと、閉じていく扉の速度を上げた。
私達も早く出口の扉を探さなければ、扉が二つとも閉まると、また暗闇の中に取り残されてしまう。と、女の子の手を取ったアレッタは、ほかに出口のつながった扉がないか、次第に薄暗くなっていく中、周りに目を懲らしていた。