周りで様子をうかがっていた人達は、「うわーっ」と、言葉にならない声を一斉に上げながら、腰を抜かした赤ら顔の男を一人を残して、蜘蛛の子を散らしたように逃げまどった。
通報を受けたパトカーのサイレンが、風に乗って聞こえ始めた。
「大丈夫です。思ったほど機嫌は悪くないみたいですから」と、人々をなだめるように言った帽子の男は、帽子の中から出てきた獣の方を向くと、困ったように言った。
「――よく見てください。その人は私じゃありませんよ」
前髪をカールさせたライオンに似た獣は、鼻にしわを寄せながら振り向いた。
と、ライオンに似た獣は、のっそりとこちらに近づきながら、不機嫌な様子で言った。
「なんなのよ、さっきステージが終わったばかりでしょ。どうしてまた呼び出されるの」と、ライオンに似た獣は顔に似合わず、キーの高い甘ったるい声で言った。
「これは、すみません」と、帽子の男は言った。「感激したお客さんが、なかなか私を離してくれなかったもんですから――」
「――もう、困っちゃうわね。そんなに私が魅力的だったのかしら」と、ライオンに似た獣は、カールさせた前髪をふわりと揺らしながら、満足げに言った。「お客さんが喜んでくれたなら、いいんだけれど」
物憂げなライオンに似た獣は、ため息をつくように大きく頭を振った。たっぷりなたて髪が、生き物のように舞い踊った。
「――夜遅くまで起きてると、肌の張りがなくなっちゃうから、今日はもう休ませてよね」
と、ライオンに似た獣は、ため息交じりに言った。
「はい、これでステージは終わりにします」と、帽子の男は、毛繕いしているライオンに似た獣のそばに来ると、言った。「――ご苦労様でした。明日に備えて、ゆっくり休んでください」
赤ら顔の男に取られたチェック柄の帽子が、どこからか、ころころと帽子の男の足元に転がってきた。
「頭をぶつけないように、気をつけてくださいね」と、男は帽子を拾いながら言うと、前髪をカールさせたライオンに似た獣の背中を軽くさすった。
と、ライオンに似た大きな獣の体が、煙のように消え去ってしまった。声を上げて逃げまどう人達の中、はたして何人がそのことに気がついただろうか。
けたたましいパトカーのサイレンが、勢いよく近づいてくるのがわかった。
「――ちょっと、あんた」と、様子をうかがっていた男は、帽子の男に駆け寄ると言った。「そこにいたライオン、どこに隠したんだ」