「ここは、どこなんだ」と、ジローは青い光に言った。「どういうわけか、記憶があまりないんだ」
「なんだい。見ればわかるだろ――」と、青い光は言った。「ここは海さ。それ以外の名前を、私は知らないね。まぁ、陸の町ならそれぞれに名前があるが、それは行ってからのお楽しみさ。なんせ、行き先は海の状況次第だからね。今回だって、はぐれた群れを探しに、反対側の海に進路を向けていたんだ。私のイルカが急に騒ぎ出して、勝手に泳ぎ始めたから、たまたま進路を変えただけさ」
「鯨を見たことがなかったので驚いたが、しかもこの広い海で放牧しているなんて、さらに信じられないな」
「へぇ。私達みたいな連中がいない場所から来たんだな」と、青い光は言った。「ほら、そこにあるベッドを使っておくれよ。いつまでここにいるかはわからないけど、少なくとも、陸に立ち寄るのはしばらく先になるからね」
「ああ。わかった」と、ジローはうなずいた。「ありがとう。礼を言うよ」
「――礼なんかいらないよ」と、青い光は照れたように言った。「ここにいる以上は、働かなきゃだめだからね。頑張っておくれよ」
「ああ。そのつもりだ」
と、ジローはうなずいた。そして、その日から、海での生活が始まった。
――――……
この海に来てから、七回目の日の出を迎えた。
人々の朝は、早かった。夜がまだ暗闇に包まれているときからそれぞれ起き始め、鯨達の餌となる魚達の群れがどの海流に乗って移動するか、イルカの背にまたがり、船の先にある海を調べることから、一日が始まった。
大海原を放牧して旅をする彼らとの生活は、はじめてのことばかりで戸惑うことも多かったが、楽しみも多かった。
ジローの乗る先頭の船は、小さな町をひとつそっくり船にしてしまったような、旅をする人々の拠点となる船だった。船団をなすその他の船は、ある船は護衛を、ある船は食料や工業を、というように、それぞれの役目を担った船だった。
船は、大きな帆を翻すこともあれば、風のない日は、じっと耐えて風が吹くのを待つこともあった。船同士の連絡では、手旗を振ってやり取りしているのをよく見るが、管楽器のように大きく口を開いた拡声器を使うこともあった。
食事で驚かされたのは、鯨達から搾乳したミルクと、同じくミルクから作ったチーズなどの乳製品が、毎食のテーブルに並べられることだった。新鮮な野菜や果物は、畑を持っている船から調達されるほか、多くの海草も食卓を彩った。
ただひとつ難があるとすれば、それは水だった。雨が降ればそれを貯めておけるが、そうでなければ朝露を集めるか、海水を濾して作るしかなかった。なので、好天が続いて雨が確保できない間は、水の利用を制限しなければならなかった。