:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ プロの常識を180度ひっくり返す キコの革命的作曲法 〔一部増補版〕

2016-01-17 06:51:07 | ★ シンフォニー 《日本ツアー》

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プロの常識を180度ひっくり返す

キコの革命的作曲手法

〔一部増補版〕

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いつものことで今さら驚きはしないが、また突然キコから連絡が入った。「1月2日と3日にマドリッド郊外でシンフォニーの練習をする。指揮者のトーマス・ハヌスも、オーケストラもコーラスも呼んである。5月の日本ツアーの話もあるからお前も必ず来るように」。

大晦日のマドリッドの夜景

道中何が起こるかわからないので、安全の為に12月31日に発つことにした。大晦日の成田空港は信じられないほど閑散としていた。朝の9時過ぎだと言うのに、出国手続きのホールはがらんとしていて、一人も並んでいないブースが3つほどあった。若い感じのいい女性出入国管理官を選ぶ自由があって、一瞬も待つことなしにパスポートコントロールを通過できたのは初めての体験だった。

夕方マドリッド空港に出迎えてくれた若い家族の家に4泊お世話になることとなる。小さな4人の子供を抱えて、夫のダニーは3日前に仕事を首になり、正月を失業者として迎える。赤の他人を泊めている場合でもなかろうと思うのに、精一杯のもてなしをしてくれた。時差で眠いのを我慢して大晦日のカウントダウンにつき合った。元旦0:00時には誰彼えらばず抱擁とキスが交わされた。

 

ダニー一家とダニーの両親とともに大晦日の夕食 小さい女の子が二人 椅子の中に沈んでいるの見えますか?

元旦は一日マドリッド観光をした。キコの家は、いまは共同体の集いの場所として解放されている。

キコの家の入り口でパチリ ガラスに後ろの家が映って 中は真鍮のプレートだけが映っていた 元旦は休みで中に入れなかった

マドリッドのカテドラルはゴシック様式だ

その正面の祭壇のある内陣のステンドグラスと壁画はキコの作品だ

脇祭壇の壁画もキコのもの 石の逗子の中にはキコの聖母子の油絵が収められている 

 街角でクリスタルガラスカップに水を入れた楽器で演奏する大道芸人がいた 濡らした指先でコップの縁をこすると 澄んだ和音が響きだす 誰でもできますよ 私はわりに上手い 大音響が出せる ただし ガラスは薄手のクリスタルに限るからご注意あれ

日暮れにキコの設計した教会に入った

内部はユダヤ教の会堂にもなく、回教のモスクにもない、かといって従来の教会とは明らかに違う

全く清潔感に満ちた荘厳で静逸な空間だった

正月2日の朝マドリッドは小雨の生暖かい日だった

郊外の練習場で虹が立った 私は幸運の印として縁起を担ぐ

日本ツアーの結団式と言ったら大げさに過ぎる。日程の発表とツアー参加希望者の確認があり、それに向けたリハーサルも実にあっさりと終わった。

つまり、今回の全員召集の主目的は、日本ツアーではなく、どうやら新曲の誕生にあるらしいことが見えてきた。

私は、日本で演奏されるシンフォニー「罪のない人々の苦しみ」が彼自身の作曲によるオリジナル作品であることを一度も疑ったことはない。絶対に嘘をつかない彼が「これは私が作曲した」と公言しているからだ。

しかし、世の政治家の自叙伝は、大概が金で雇われたシャドウライターの書いたものと相場は決まっているし、有名教授の学術論文だって、可哀想な無名の研究者の果実のパクリだったりする御時世だ。美術アカデミーを卒業した画家のキコが、絵画、壁画を描くのも、巨大な建築設計に挑戦するのもいいだろう。それらは所詮造形芸術の世界の話だから。

しかし、音楽は別の次元だ。彼は二十代からギターをつま弾き、歌っていたことが知られている。180曲ほどの歌曲を作曲し、それが世界中の150万人ほどの信奉者の間で日々歌われるようになったのも事実だが、メロディーとリズムは彼が弾き語りして披露するのを皆が競って録音し、世界中で再生され伝搬しているというのが実情だ。彼には自分が作曲して歌った曲を、五線紙に採譜する意思がないことだけは確かだ。

彼はコンセルバトワール(音大)で指揮法も作曲法も勉強したことがない。だとすれば、オーケストラ曲の指揮者用の総楽譜を書くことも読むこともできないはずの彼が、どうやってシンフォニーを作曲できるのかと疑う人がいても、その人を責めるわけにはいかない。彼が常識人である限り、その疑いは正当であり、私の確信は、実は狂信と呼ばれるに相応しい。

私はシンフォニーの日本ツアーのマネジャーをしながら、その類の懐疑心を抱く冷たい皮肉な評論家の無言の圧力を前にして、確信をもってその眞正性を説明し切ることが出来ない弱みを常に隠し持っていた。

それが、今回のたった二日余りの練習を見るうちに、キコの作曲手法のオリジナリティーとその有効性に対する揺るぎない確信を得ることが出来たので、どうしても報告しないではいられない衝動に駆られ、こうしてローマの深夜にノートパソコンに向かってブログを書いている。

モーツアルトであれ、ベートーベンであれ、バッハであれ、はたまた現代の名だたる作曲の巨匠であっても、交響曲を作曲する過程はおよその流れが決まっている。作曲者の心に、そして頭蓋骨の中に、一つの曲想が響き渡るところまではドビュッシーだって、マーラーだって、キコだって同じだろう。しかし、その後の手順がまるで異なるのを、私は今回驚きをもって知った。キコ以外の全ての作曲家は: 

①   一人籠って新しい五線紙の前に座り、自分の曲想に沿って、各楽器のパーツのメロディーとリズムを黙々と楽譜に書いていく。時には何日も徹夜で孤独に作業することもあるだろう。そして、すべてのパート譜を完成すると、指揮者用の総楽譜に統合する。

②   手書きの楽譜は楽譜出版社に持ち込まれ、印刷されて楽譜として完成する。

③   印刷された楽譜を前に、指揮者がオーケストラに向かって指揮棒を振るとき、初めてシンフォニーは音となって命を吹き込まれる。あくまで楽譜が先で、演奏が最後なのだ。

ところが、キコの場合は、その手順が全く逆の流れになっている。

 

①   先ずオーケストラとコーラスと指揮者が一堂に呼び集められる。

②   シンフォニーは彼の頭の中で既に完成し、鳴り響いているのだろう。作曲者のキコは、その部分々々を口ずさみながら各楽器に口移しに与えていく。メロディーもリズムも、最初に彼自身の口から音として出てくるのだ。まずバイオリンに向かって、「ラララ、リーララ、ピッピッピッ、リロロ、リーロロ、リーロロロー」と歌うと、コンサートマスターはすかさず「ラララ、リーララ、ピッピッピ、リロロ、リーロロ、リーロロロー」と鸚鵡返しに弾いて見せる。 

キコの思いが正確に再現されると、他のバイオリニストはそれに倣って一斉に「ラララ、リーララ・・・・」と奏和し、彼は満足げに先に進む。しかし、バイオリンの中の一人でも「ラララ、リーララ、ピッピロピー、リロロ、リーロロ、リロリロロー」と弾くと、彼は耳敏く聴き咎め「駄目ー!ダメ、ダメ、そうじゃない!「ラララ、リーララ、ピッピッピ、リロロ、リーロロ、リーロロロー」だ。はい、始めからもう一度!とすぐダメ出しが飛んでくる。

バイオリン全員がきれいに揃ってそのパッセージをマスターすると、順次ビオラ、チェロ、コントラバスへと進んでいく。そして、フルート、オーボエ、トランペット、ホルン、とまるで親鳥が雛に消化した餌を口移しするように与えていく。初めは、これ一体ナーニ?と思ったものが、楽器が増えハーモニーが加わるにつれて、シンフォニーの姿が見えてくる。パーカッションやハープなどは後の方になる。ハープのきらびやかな音の粒の隅々にまでキコの息吹が浸透する。「そこはもっと華やかに、高音まで長く掻き上げる!ポロン、ポロン、ポロポロリロリン!そうだ!」。オーケストラのメンバーは皆、大概一発でキコの口移しを正確に再生する。指がもつれてもたつくような者は一人も呼ばれてはいない。(私のフルートはオーディションで一発アウトだ!)

こうして8小節~10数小節ごとに前に進んでいく。

③   将棋でも囲碁でも、プロ級になれば、今終えたばかりの対局の展開は一手狂わず棋譜に再現できるものだ。キコのオーケストラも現役のプロまたはセミプロの集合体だから、「休憩!」の声がかかると、最後に弾いた自分のパートのメロディーをせっせと採譜することに余念がない。

④   合宿が終わる頃には、すべてのパーツ譜が集められ、指揮者用の総楽譜にまとめられて完成している。その楽譜を前にして、トーマスはキコからバトンタッチして、いつでも本番で指揮することが出来るという仕組みだ。

だが、そこまでは全てキコが一人で行ったことを、私は今回初めて自分の目で確かめた。過去の偉大な作曲家にとって最大の仕事であった、羽ペンをインク壺に差し込み、差し込み、ランプの明かりのもとでせっせと楽譜を書く孤独な作業は、キコには全く無縁の世界の出来事だ。それは、キコにとっては職人任せの下等な仕事に過ぎないとさえ言いたげだ。キコにとって作曲とは第一義的に生きた演奏のことであって、楽譜に書くのは後からついてくる付帯物に過ぎない。だから、「この楽譜はモーツアルトの直筆か、弟子の加筆か」、などの「筆跡考証」はキコの場合全く意味をなさないことにもなる。キコは「作曲するが楽譜は書かない」からだ。

新曲はフルオーケストラで4楽章立てらしい。二日間で一つの楽章がほぼ完成した。このスピードで行くと、正味2日の合宿を4回重ねれば、新しい4楽章もののシンフォニーは延べ8日間で完成する計算だ。ギネスブックもののスピードではないか。

しかも、新曲のこの楽章はピアノコンチェルト風で、ピアノソロの部分が重大な部分を占めている。この作曲合宿に招かれたピアニストは、裸のスピーカーに繋がれたKAWAIの電子ピアノでキコの口移しを受け止めたのだが、どこかの国際コンクールで金賞に輝いたかと思われるほどの演奏ぶりで、キコの口移しのメロディーを引き取って、見事な即興性で和音と装飾音を付して膨らましていくのだが、キコはそれに圧倒されることなく、遠慮会釈なく装飾音の細部の展開に至るまで、しつこいほどのダメ出しを繰り返し、ピアニストの才能の独走を矯めて、最後には確実に自分自身の作品にしていくのが印象的だった。本番ではきっとシュタインウエイのグランドピアノが舞台の真ん中に据えられ、ピアニストは従順にキコの音楽を演奏するに違いない。

そして、さらに驚くべきは、この新曲はポリフォニーの合唱付きなのだ。素人の無知を曝け出しているのかもしれないと恐れつつ言うのだが、モーツアルトでもベートーベンでもいい、音楽史に名を残した作曲の巨匠で、合唱付きのピアノコンチェルトを書いた者が一人でもいただろうか。作曲手法の180度の逆転に加えて、ここにもキコの作曲家としての天才的発想の自由さが現れている。

私は、この2日間、時には退屈してぶらぶら写真を撮って歩いたりもしたが、大概はキコと付かず離れずの距離にいた。そして、たまたますぐ傍に座っていたとき、彼が、「ウン、これで第一作目を越えられるかもしれない」と独り言を漏らすのを聞き逃さなかった。

普通、芥川賞でも直木賞でもいいが、受賞デビュー作を超えて、次々とそれ以上の大作を連発する作家はめったにいないものだ。私も「バンカー、そして神父」(ウオールストリーからバチカンへ)という大げさな副題(出版社が勝手に考えた)つきの本を書いたが、この齢でまた纏まった本を書く気になるかどうかは未定だ。しかし、書いたとしても第1作を越えるのは容易ではないだろうと思っている。(でも、越えるかもしれない。構想は温めている。)

とにかく、キコの場合はこれから先どんなすごい曲を書くか実に楽しみに思う。

 

今回の合宿の最後に、「この新曲の映像も音源も初演までは一切公表無用」、との厳しい緘口令が敷かれた。しかし、キコの音楽活動がシンフォニー「罪のない人々の苦しみ」の大作一曲で終わるものではなく、第2作、第3作へと限りなく膨らんでいくものであることは大方の予想するところだ。それが、どのような手法で生まれていくのかを明らかにすることは、彼の意向に背くものではなかろうと思って、敢えてその秘密のヴェールの裾をそっとつまみ上げてお見せした。

私は、絵画・建築のみならず、クラシック音楽の分野でも、100年後に古典として残るであろう作品を、彼が今まさに生み出しつつあることを確信して疑わない。

わたしは5月5日に福島で、7日に東京のサントリーホールで、キコの処女作のシンフォニー「罪のない人々の苦しみ」の日本初演に向けて全力疾走するつもりだ。その成功のために皆様の温かいご協力を切にお願いしたいと思います。

キコが練習するところ、必ず専属のカメラマンが呼ばれていて、その一部始終を録画している

だから、彼にはもともと楽譜を書く技術がなくても作曲するのに何の支障もないわけだ。

彼が楽譜なしに演奏したものの採譜は、配下の採譜家が職人芸でやってくれるのだ。

初めに指揮者キコ自身による原初の生演奏ありき!楽譜は最後の副産物!

これがキコのシンフォ二ーの誕生の秘密だった。

どうです、マエストロ小澤。

あなたも一曲、ボストン交響楽団の元音楽監督として、新曲を振り出してみまませんか?

いやー!わたしゃ、楽譜がなければ、さっぱり棒は振れないのだよ。

魔法の棒の先から、いきなり新曲を紡ぎ出せる天才指揮者は、

恐らくキコ一人を置いて、他には誰もいないだろうネ!

マエストロ、どうもコメント有難うございました!

 

 

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