マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

定例化しそうな同窓会in梅田曾根崎のたよし

2018年06月20日 10時48分21秒 | 食事が主な周辺をお散歩
4月19日、4M2C-2017同窓会の案内状が届いた。

昨年末にしようと希望が揃った同窓会。

諸事情があったのか幹事の3人が決めた日程。

行事取材と重なっていなかったのが幸いだ。

それまでは何事も起こらないように無茶もせず、日ごろのリハビリ運動も欠かさず体調を整えていた。

届いた案内状は往復はがき。

返信にありがたくの文字を入れて参加に〇をした。

返信に近況を伝えてほしいと書いてあったので「心拍数は40拍前後ですが、フツーの生活をしています。大丈夫です。生きています。尤も毎日はブログ『マネジャーの休日余暇』で近況発表中」の通知分で送った。

それからは無しのつぶて。

今の世の中はメールどころかネットのSNSの世界で情報交換する時代なのにそれがない。

アナログ時代を生きてきた幹事の一人は携帯電話すら所持してない。

パソコンはあるらしいが発信はしない。

アドレスを知ったとしても登録はしない。

相手から空メールが届いてそれに返信するだけだ。

その空メールは常時見られるようにしているらしい。

そうでないと返事ができない。

まったく同じことをしている知人がいる。

しかもだ。

SNSに入ってはいるがややこしいIDやパスワードをいちいち入力するのが面倒なのでお気に入りに入れたまま。

いつしかパソコンが壊れて新規購入。

お気に入りに入れていたSNSアドレスは当然ながら、無い。

なければどうすればいいのか。

SNSのオーナーに頼んで、ご本人のIDやパスワードを教えてほしいという。

そりゃ無理だ。

手抜きをしている人。

お任せしている人はネットでの再会は絶対的に無理。

そうしてSNSから離脱した人が何人居るやら、である。

参加を返信してから1カ月。

起床状態や安静時の脈拍は相も変わらずの40拍以下。

治る見込みはまったくないが、家廻りを歩けば60拍前後で戻ってくる。

返信に書いた「大丈夫です。生きています」である。

待合せ場所は大阪梅田の阪神百貨店側の梅田陸橋。

大昔の映画に待ち合わす場に設定された石橋があった。

昨年流行った「君の名は。」ではなく、昭和28年9月に公開された「君の名は」である。

氏家真知子と後宮春樹が待ち合わせする石橋は東京銀座の数寄屋橋だった。

会えずに結局は・・・、なんていうストーリーとはまったく関係のない同窓会の待ち合わせ場所。

昨年は30分以上も路頭に迷って辿り着けず。

その橋の下から彼らを発見したときは感動もんだった。

こちらは見上げて遠くにいる同窓生たち。

手を振れば手を振ってくれたのが嬉しかった。

今年はそんなことにならないようにJR大阪駅の降り方に細心の注意をはらった。

西でもなく中央でもない。

東の改札口を念じて右良し、左良し、と指信号をしながら電車から降りた。

降りるまでは方向、方角がわかっているのだが、降りたとたんに方向、方角がわからなくなる。

人があまりにも多くて、東か西か、ここはどこなんだ、と思ってしまう。

それを示す表示もないから、乗ってきた電車がこう来たから、あっちやと指さした左に向きをとる。

途中にある階段には目もくれず、最後の最後にある階段を下りていく。

そこからはどうしていいのかわからない。

人の流れについていくしかない。

そう思って改札を出た処は南出口。



向こう側に立ち食いの麺屋がある。

暖簾に「麺家」の白抜き染め文字。

うどん・そばが290円~とある。

「麺家」は「大阪みどう」。

暖簾の向こう側に見えた席はテーブルもある。

家族で来るときは助かる。

それはともかく外に出る。

予め調べておいた出口にバスロータリーの位置。

ネットの地図では全体感が掴めないが、どうやら間違いなさそうだ。

すぐ近くにあった陸橋にあがるエスカレータ。

はっきりと見えなかったが、阪急-阪神を結ぶ陸橋に違いない。

そこから南にある大阪警察曽根崎署が見えない。

見えないのは工事中の陸橋に背高く幕を張っているからだ。

阪急百貨店はすぐそこ。

反対側にある曽根崎署から道路隔てた右にあるが、これもまたわかり難い。

阪神百貨店も工事中・・。

一年前の工事状況とちっともかわってないのでは、と思った。

今回は間違うこともなかったので早く着き過ぎた。

またもや流離うのではとう思って30分間の余裕時間を確保していたから、逆に余った時間はどうするか。



ここはどこなのかを後日にもわかるように撮っておきたいJR大阪駅。

熱い日差しを浴びて黒光りしていた。

この日の大阪中央部の気温は28.7度に目眩をしそうだ。



人はどこを目指しているのだろうか。

旅行客もおれば家族連れに友だち連れ、学生さん・・・。

人の流れを見るだけでふらーと、する。

待合場所は阪神百貨店側。

昨年の宴に参加した同窓生であればすぐわかる。

早かったせいか、誰も来ていないようだ。

そこへ階段を登ってきたのはM・Hだ。

学生時代は「くん」付けで呼んだことはなかった。

上からおーいと声かけたら気がついた。

そのときだ。彼を発見する直前である。

赤いシャツを着ている男性が立っていた。

見たような、見てないような・・・。

もしかとしたらと指をさせばO・Mだった。

大阪府立東住吉工業高校を昭和44年に卒業して以来、会ったことがないO・M。

48年ぶりに会って確かめ合う。

当時よりは痩せているように見える。

こっちは逆に中年太り。

身体を壊してからは若干の細目。

頭は本数が少ない白髪。

お互い年老いたもんだが、1年ぶりのM・Hの頭は真っ白。

毛がたくさんあるのが羨ましい。

そのうちに一人、二人とやってくる。

到着した幹事に参加人数を聞けば15人。

昨年は出席していたT・Kは欠席だ。

欠席理由はサッカーの試合。

彼はサッカー部のキャプテンだった。

試しに一日だけの入部。幹事のD・Kは辞めずにずっと続けていたが、体験した私はこりゃ無理だとわかった。

そこへやってきたO・M同様に48年ぶりに顔を合わしたK・SにS・T。



体形や染めもあるけど頭具合は昔の面影はない。

ないが、目の辺りはそのまんま。

まんまと云っても皺があるぐらいだ。

喋っている間に48年前の学生時代に戻っていく。

もう一人のO・Tは集合場所を誤ったのか、待っているわけにはいかず予約しているお初天神通りにある「たよし」曾根崎店を目指す。

田舎からでてきたおのぼりさん一行が撮影地に選んだJR大阪駅南口広場に架かる大型歩道橋の“スカイウォーク”。

阪神側が工事中だから中途半端な開通だ。

阪急東通り商店街を抜けて曾根崎のお初天神通りを歩いていたら、ようやく合流したO・T。



なんとか揃って入店した「たよし」にエレベータもエスカレートもない。

宴会場は3階。

昨年は危ないくらいの身体状況だったN・Mは苦も無く楽々上がっていく。

私も心配されたが、すいすい上がれる。

こりゃ調子が良い。

昼の宴会食は美味しくいただきたいと思って朝食は少々にしてきた。

「たよし」の宴食は実質が3時間の「2時間半飲み放題」の5千円。

瓶ビールで乾杯だ。

はじめに運ばれたのは5種盛りの造り。



マグロ、サーモン、ハマチ、タイに貝柱。

どれもこれも新鮮で美味い。

一口食べては話題が集中するのは近況よりも学生時代のことだ。

国語の先生は生徒に向かって右を指さす。

そうかと思ったら逆の左の生徒である。

いつ、それがやってくるのか予想もできない早業に面食らって答えが返せない。

私は国語の先生が解説してくれた走れメロスにメロメロになった。

本を読め、本を読めと云われて何冊も読んだという同窓生がいる。

そのおかげで多くの本を読書するようになったという同窓生もいる。

本を読んでどう思ったのか。

いわゆる読書感想であるが、田中、お前は走れメロスを読んで順当な答えしか返せないのかと云われたことがある。

信頼・友情、そんな甘いもんじゃない。

友情は走れメロスの主題ではない。

太宰治が云いたかったのは、裏切りやというのだ。

つまりは背信やという。

人間ちゅうのは常に友情で保っているのではない。

背信があるのが人生・・といったかどうかは疑わしいが、裏側に何があるのかを考えろといわれたときにドキっとした。

見かけではなく裏を読めということだ。

先生の顔は覚えているが、名前が思い出せない。

一年生のときの国語の先生はどこかの普通科の学校に移った。

デキの良い先生は異動の対象になったらしい。

他にもあの先生はこうやった。

この先生はこういうクセがあったのか、同窓生の記憶はさまざま。

そんな話題が沸騰中に配膳される豚しゃぶサラダ。

昨年に出た宴の食事はまったく同じだ。

そういや最初に出てくる先付けの椀物。

酔いがずいぶん回ったころに食べたが、これは何。

なんとなく茹でたエビにサラダドレッシングをかけたような感じだけど・・・。

とにかく飲む、飲む。

飲んではトイレ行き。

何度も移動するトイレ急行。

前回もそうだったが宴が始まって15分後にやってくる串カツ盛り。



串エビフライにネギを挟んだ牛カツ。

タレにつけて食べるが、「たよし」は一度漬けだよと仲居さんが触れ回る。

なぜかキャベツには手は出なんだ。

宴もたけなわになれば記念写真どころではない。

ぐだぐだになる前のフツー状態の顔ぶれを撮っておこうとこれまた三脚を据えて自動シャッター。

二日後に届いた記念の写真は素の顔で写っていた。

ビールは何本も換えを発注する。

「たよし」のシステムは空瓶をもって新品の瓶がやってくる。

空の状態を確かめる仲居さん。



指示もなしに運ばれる一品は豚のバーベキュー串焼き。

ピ-マンに太めの白ネギが間に挟まれている。

これはタレがいらない味付け串焼き。

おろしのダイコンが妙に合う。



トウモロコシは酔いも回れば食べにくい。

がっつり口にしたいと思うが、それは無理。

ということは私の身体が上々。



とにかくよく食べ、よく飲む。

そしてトイレ行きを繰り返す。

始まってから2時間45分。

〆の料理はこれもまた昨年同様の茶椀蒸しに海鮮丼。



わさびは入っていたのか、いなかったのか。

まったく記憶にないが、垂らした醤油で美味しかったことだけは覚えている。

最後はこれまた冷凍イチゴ。

でっかい冷凍イチゴは冷たい。

少しずつ齧るように食べた。

3時間も早い。

あっという間に楽しい宴が終わりの幕締め。

ではなく、今回は仲居さんからの話しもあっての延長戦。

延長時間が1時間ならば利用料金が5百円。

一同に相談したいと幹事から声がかかる。

5百円は中途半端。

千円一枚で2時間も延長できる部屋貸し。

食べ物はなくても酒が飲める。

そんなありがたいことはない。

遠慮は無用。

思いっきり昔話に花を咲かせようと2次会に移った。

おっと、私はといえば忘れてはならない昼食後の服用薬。

家から持ってきた軟便薬に2錠の利尿剤。

小便は体内から排出しないと身体は重たいどころか、息苦しくもなる。

おかげさんで、この日は既に効いている朝に服用した利尿剤の効果が発揮できている。

トイレに行く回数が物語っている。

量は少なくとも回数が増えれば合算。

身体が重たいか、軽いか。

その状態は軽い、である。

軽い状態に突入した延長戦。

移動する同窓生にO・Mが居る。

一番に思い出すのがプールで泳ぐ水泳訓練である。

彼の泳ぎは泳ぎどころではない。

泳ぐ以前に水そのものが怖いのである。

水に浸かるのは浴場と同じ。

同じであるが水が怖い。

先生が驚いた救難状態の彼。

手足をバタつかせて上下に動く。

もがき苦しむ彼の姿が目に焼き付いている。

その後はどうだったと問えば・・・今も同じだと云う。

克服はできなかったという。

辛いことを思い出させてしまって申しわけない。

手を握って詫びたが、水難事故の訓練映像とかを見るたびに私は思い出すだろう。

不得手なものを克服できる人もおれば無理なこともある。

矯正するには心理的な面から診るしかないと思っているが、彼にとっては今さらだ。

ところで話題はぐっと替わって連絡網だ。

お互いが知りたい携帯電話の番号。

発信しては確かめ合う。

応答があれば、その番号を登録すれば良い。

ところが部屋内ではなぜか数分もかかる。

架かってこないからまたもや発信する。

発信した回数が受信した。

何人もの同窓生が一つの携帯電話に架けるものだから、どの番号が誰であるのかわからなくなる。

ガラケーであれば着信した番号を表示させて名前等を登録する。

ところがスマホはそれができない。

番号を表示させようとすれば押すしかない。

ガラケーはそれでいいのだが、スマホはすぐに発信してしまう。

それが何度もするものだから受けた携帯にはスマホの晩後ばかりがでて困ったもんだ。

工業高校出の同窓生はマシンに強くても情報端末には不慣れなようだ。

そういや勤めていた情報処理会社の人たちもよく似たものも居る。

困ったもんだと思うのはほぼ同世代の人たちである。

そんなあれやこれやで爆笑会場に一枚の紙が登場した。

その紙にみんなが携帯電話の番号を手書きする。

そう、入力するのはあとからでいい。

私は携帯電話のカメラがメモ替わり。

その場で撮って、落ち着いたときに入力する。

そうしたが、誰も真似をするものはいなかった。

あれやこれやの大騒動に手招きしたY・J。

集合場所にやってきた姿はトレーニングだった。

恰好のえー運動靴を履いて颯爽と走ってきた。

その彼が手招きするのは、横に座っていたK・Kのお願いだ。

話しておきたいことがあると口を開いたそれは・・・。

あれは3年生のときだったと思う。

クラス対抗の体育祭に掲げるでっかい絵のことだ。

畳数畳分もある大絵画はクラスの協力を得て製作する。

製作日数はそれほど多くない。

体育祭が迫っていた塗り絵作業。

下書き、デッサンは私が担当した。

キャンパスに白地の紙を貼った。

そこに鉛筆かマジックか覚えてないが、下書きに線画する。

キャンパス表現は塗り絵の色で決まる。

ここは何色。

あそこはこの色。

指示をするために下書きした絵に合わせて塗り絵をしてもらう。

そのときに発した罵声。

それをK・Kに浴びせた。

浴びせた記憶はまったくない。

まったくないが、その作業をしていたK・Kにとっては何故に怒られるんや、ということだ。

怒ったわけは覚えていないが、焦っていたのだと思う。

焦りに遅々として進まない塗り絵。

一喝したのはそういうことだと思う。

思うが彼は納得できないだろう。

ただ、その作業を覚えていてくれたのがむちゃくちゃ嬉しかった。

私が3年間に唯一誇りたいのがこの大絵画である。

他のクラスよりももっと良いのを。

4M2Cの名に恥じないようどころか勝ちたかった。

大絵画のリーダーに指名したのは担任の先生だったか、それとも美術の先生だったか、覚えていない。

指名を受けたこと事態になんとかしたいと思ったことは確かだ。

一夜で考えたデッサン絵。

これでクラスの応援歌、ではなく応援の大絵画である。

舟でいえば大漁旗を思ったのかもしれない。

指名した先生は私の絵心を知っていたのだろうと思う。

普段は目立たない私に活をいれるためだったのかもしれない。

彼に怒ったのは事実であろう。

手を握って思い出してくれたことにありがとうと感謝した。

48年間も悩んできたK・Kが切ない。

当時は若かってそんな気持ちをもっていたことさえ知らずに生きてきた。

ほんとうに申しわけないことをした。

許してくれと手を握る。

いやいや怒られたということよりもその真相を知りたかっただけやという。

その会話を横で聞いていたY・Jは喜色満面になっておまえらすごいわと感動してくれたのもまた嬉し、である。

シナイをもっていたがシゴキでない。

その姿は誰しも覚えているH先生。

たしかバスケットの顧問んやったと思う。

悪戯したのか体育館を跨ぐ通路に正座させられたこともあるし、理由はまったく覚えていない水をたっぷり入れた2杯のバケツ持ち。

そのまま立っとれという感じやったなかぁ。

卒業後だったかと思う。

担任のK先生は新聞やテレビに取材を受けて顔がばっちり出ていたことがある。

当時の流行りだった初乗り切符一枚で一日かけて一筆書きのように大回りで周遊する電車乗りを実践していた。

ユニークだったのかその活動を取り上げられた。

利用できる区間は大阪などの大都市だけに限る。

大阪環状線から外れてどこまで行ったやらである。

その話しで思い出したのが、環状線一駅ずつ順繰りに乗り降りして一周するお遊びだ。

クラブにも入らず何もしない学友たちと帰る天王寺駅。

そこからそれぞれは別れていくのだが、一駅ずつ降りては乗るってのも面白いんじゃないと誰かが云いだした。

例えば3人としよう。

最初の駅は3人とも乗って次の駅に向かう。

次の駅で一人だけが降りる。

残りの2人は次の駅に向かう。

着いたらまた一人が降りる。

残った一人は次の駅で降りる。

その間、最初に降りた学友は次に来た電車に乗って次の駅を目指す。

着いたら降りる。

3人それぞれがそうしている。

最終的に落ち合う駅までそうして遊んだ。

人数が多いと出合う回数が増えるので面白かった。

他愛のない遊びにキャッキャと笑っていた帰宅クラブの学友たち。

環状線に乗る学友だったが、卒業後は音信不通になった。

元気で生きているやろか。

通学ルートはそれぞれ。

当初は南海本線住ノ江駅から乗って天下茶屋で乗り換え。

そこから天王寺駅に行く。

そこも乗り換えて当時走っていたチンチン電車に乗る。

阪堺電鉄の平野線である。

天王寺支線の天王寺駅前―阿倍野駅(斎場前)―苗代田―(※文ノ里―股ケ池)―田辺―駒川町―中野―西平野―平野停留所であったが、昭和55年11月27日の運行を最後に廃線となった。

沿線は廃線で見ることはできないが記憶の中で蘇る。

学校へ行く最寄りの駅は西平野。

近くにあった大阪府立東住吉高校の生徒たちも通学していた。

停留所駅からは田園地帯。

民家はなんぞがなかった広大な田園を見ながら通ったものだ。

いつしかルート替え。

阿部野橋駅から針中野駅まで乗車する近鉄電車にした。

針中野駅までだったが、沿線利用の生徒は多くてほぼ満員。

女子学校もあったので女生徒が多かったように思える。

駅からは徒歩。

平野線利用よりも距離は伸びたが、利用するクラスメートも多かったので結局はこっちになった。

もう一つのルートは自宅からの自転車通学。

大阪住之江から東へ一直線。

地元の小学校、中学校を卒業して高校も一緒になったS・Tも自転車通学だった。

ただ、雨天の場合は電車ルートにしたのは同じだ。

彼はずっとそうしていたが、私はいつしか近鉄電車―南海電車ルートに固定化した。

高校時代の話題は尽きない。

2時間も延長したのにもう終わり。

次回はいつにするかという前に3次会行き。

行こうとするが、宴会場に忘れ物がある。

どなたか履いてきた靴を忘れていませんか、と仲居さんが声をかけるも反応がない。



赤いスニーカーで来ていたのは誰だろうか。

降りていったら酔っぱらいの皆が集まっていた。

誰かが云った。

おーい、スリッパ履いているど、だ。

ありゃりゃの靴忘れはY・Jだった。

前回も入店したカラオケ店。



幹事の一人はあっちの店、こっちの店に入っては交渉ごと。

決めたら入るがここは前回利用のカラオケ。



換気がもうひとつの狭い部屋に12人も詰め込んだ結果は息苦しかったことを思い出す。

思い出しはしてもひょいひょいと階段を登ってしまう。

身体の調子がすこぶる良いのだ。

案内された唄部屋は14人がゆったり座れる。

換気も云いようだ。

ただ、O・Mは用事があったのか帰っていった。

もう一人が足らん。

Y・Jだ。

だいぶと酔っていたから、店を間違ったのかもしれない。

M・Hが探しに降りてみたが見つからない。

ベロベロではなかったからなんとか無事に帰ったと思う。

専用の端末で歌曲を選択するが、プッシュしても反応が悪い。

なんとかしたが、選曲が増えるにつれもう一台。

これがなんと充電切れで使用不能。

代替機を持ってきたが、これもまた本体との受信ができない。

なんとかせよ、のお店はカラオケGUY

カラオケジャンカラの姉妹店と聞いたが、ほんまか。

酔ったクラスメートじゃ違うような気がする。

まずはとD・KにK・Tが選曲した一曲は月光仮面。

ノリが良いからいつもそれにしているらしい。

選曲された楽曲は懐かしいものばかり。

誰でも知っている月光仮面のフレーズと同じ。

ついつい釣られて声を出して唄う。

こうであれば難なく声は出そうだ。

歌いたい楽曲を探してみるが歌手名も曲名も出てこない。

なーんも出てこないのではなく、ちょっとばかしのフレーズは出る。

フレーズは出ても歌詞が思い出せない。

喉から出そうになってもすぐに引っ込む。



ふと、出たフレーズが生駒山。

生駒山といえば河内節。

歌い手の名前が浮かばん。

で、あれば河内節をキーワードに繰ってみたら、でてきた。

河内けんか囃子でもなく、河内のおっさんの唄でもない。

中村美津子さんの河内おとこ節だった。

待ってましたの声はあがらなかった学友。

卒業してから48年目。

喉を披露するのは初めてに唄いなれた演歌節を気持ちよく唄えた。

一年前の私の身体は完全ではない。

歩くのもしんどかったし酒量も少なかった。

この日は気持ちが良いほど飲んで食べて、唄わせてもらった。

唄い始めて1時間半だったか。

K・Kが動いた。

動かざるを得ないのは衣服がびしょびしょであるからだ。

特にお尻はひどい状態になっていた。

苦言を伝えた幹事が動く。

やってきた店員に告げる室内クーラーからボトボト落ちる水滴。

いや、はじめは水滴だったかもしれないが、現状はボトボト落ち。

水道の蛇口が締まらなかった状態のような水量である。

クーラーの電源を切ってくださいというが、それでは室内は熱気に包まれる。

仕方ないからクーラー位置から少しでも離そうとソファを移動する。

どうやらクーラーの排水管が詰まっているようだ。

カラオケGUYは早急に治したのだろうか。

2時間、目いっぱい唄って声が出ない。

海、その愛も気持ちよく唄っていたが、高音部はあきまへん、だ。

たっぷり楽しんだカラオケ店を出て、お初天神通りにあった自動販売機を見る。



D・Kが云うには電車の切符が安くなるというもの。

毎回、利用して少しでも節約しているという自動販売機はJRや阪急電鉄の切符売り。

それも安売りのチケット販売のようだ。

金券ショップであれば閉店時間が早い。

飲んで帰る人の時間帯は閉店後の時間が圧倒的。

利用者が多い場所に設置しておけば間違いなく売れる。

尤も乗り降りする電車が合っておれば、の話しであるが、それにしても阪神電鉄はたったの一枚だった。

なにはともあれここで解散するJR大阪駅。

大和路快速に乗って帰ろうと思っていたが、天王寺駅行き電車が待っていた。

その方面に帰るO・T、F・M、M・Hの3人とともに乗車。

別れて大和路線に乗車した時間は午後8時32分。



およそ30分間の快速に乗って帰ったJR郡山駅。

最終バスはとうの昔に出ているので三都交通のタクシーで帰宅。

いやはや、であるが疲れはまったく感じない。

感じはなかったが翌朝の声はダダ枯れだった。

(H29. 5.21 SB932SH撮影)

天理ハッスル3の焼き鳥丼

2018年06月19日 10時00分44秒 | あれこれテイクアウト
予定時間よりも1時間遅れで終えた外来棟の診察

自宅までは30分もかかる。

帰りには途中で立ち寄って買い出しするスーパー通いもある。

そのついでに買った昼食弁当。

ほんまは海鮮巻き寿司でもと思っていたが、100円の差で焼き鶏丼に落ち着いた。

税抜き価格が298円の焼き鳥丼は天理ハッスル3の手造り料理。

蓋を通してだが大きめの焼き鳥が五つもある。

これは買いでしょと思ってレジで支払い。

尤も他の商品もここでしか売っていないものを買い出しである。

買物を済ませた車に戻る。

その時間帯は午後1時50分。

帰ってから食べてりゃ午後2時をとうに過ぎてしまう。

こういう場合は駐車場に車を停めたままの車中食。

天気が良ければ天理の山々が見えて見晴らしがいいのだが、この日は薄曇り。

PM2.5のようなどんよりとした空気が漂う。

蓋を開けるには苦労する。

この手のパッケージは嫌いだ。蓋があるのだから、なにも透明シートをさらに巻くことはない。

ラ・ムーであればそんなものはないから蓋は難なくすっぽりと外せる。

こういう方法は見倣って、少しでもコストを落としてはどうなんだと云いたくなる。

さて、焼き鳥丼の味である。

なにが美味いかっていえば鳥の皮である。

唐揚げの場合もそうだが皮がカリッとしていると美味い。

皮を噛めば味がジュワと感じる。

肉はもも肉。

揚げてはいないからジューシーさはない。

それはないが、旨みのある鳥肉はタレと絡んで口の中でとろける。

見た目であるが、ご飯は少ないと思っていたが、そうではなかった。

お腹が満腹以上になるぐらいに盛ってあった。

その証拠に五つのごっついぶつ切りの焼き鳥が丁度であったのだ。

(H29. 5.16 SB932SH撮影)

急患の関係で1時間遅れの診察

2018年06月18日 11時26分24秒 | むびょうそくさい
3カ月ぶりの循環器内科診療である。

その間は特に異常もなかった身体状況であるが、なぜか身体も気分も重たい。

二日前の山登りがキツかったのか身体がシャンとしない。

診察前の検査は血液検査と心電図検査だけである。

血液検査は結果がでないとわからないが心電図検査は毎日に測っているから結果は聞かなくとも読める。

駐車場から歩いて5分ほど。

身体がほんまにシャキっとしないから歩くのも怠い。

受診は一か月間も過ぎたら健康保険証の確認を要する。

特に問題もなく通過する。

それから測った院内設置の血圧計。

血圧は152で心拍数は48拍だ。

歩いてきたからその分、安静状態よりは上回る。

上回るといっても少しだけ。

ほんのちょっぴりの少しだけ。

最近の起床時の心拍数といえば下が36拍で上でも38拍だ。

以前よりはほんの2拍ほどが落ちている。

これ以上落ちることがあれば・・・というような不安があるからシャキっとしないのかもしれない。

血液検査の受付整理番号は309番。

外来棟の受付時間が9時20分だからそんなもんだ。

受付のときの表示番号は262番。

47人待ちの間は持ってきた本を読む。

著者は市川秀之氏。

写真家Kさんから借りた『「民俗」の創出』が置いたまま。

早く返したいと思っていても読む時間がない。

あまりにも忙しい田んぼの取材。

4月半ばから始まって4週間。

写真の整理はしなくちゃならんし文章起こしも。

毎日が時間に追われる始末である。

今日の診察の待ち時間を活用する本読み。

これまで取材してきた状況を整理する上でも役にたつ『「民俗」の創出』は1.はじめにの研究動向、2.「古代」的葬送儀礼の創出、3.先祖代々之墓の成立、4.河内の餅なし正月、5.歴史伝承の形成と知識人、6.神武天皇祭も民俗行事化―奈良県下のレンゾを中心に―・・・が読みたい章である。

採血待ちだけでも十数頁も読めたのが嬉しいが老眼鏡を忘れたのが辛い。

ところで採血受付した際に結果がわかる予想時間が番号整理表に書いてある。

予定時間は11時17分。

循環器内科の医師の診察予定時間の直前である。

と、いうことであれば凡そ昼頃には会計に出向いているころだ。

慌てることもなく採血を済ましたら心電図検査。

これが予想よりも長かった。

毎回そうだが長めに記録しますのでじっとしておいてくださいと云われる。

その時間は5分間程度。

それが今回は倍もあったのではと思うぐらい長かった。

たぶんに不整脈があったのだろうと思う。

それから循環器内科の受付。

10時10分ぐらいだ。医師の呼び出しがあるのは順調にいって11時半。

それまでは待つしかない。

その間にいっておきたい部屋がある5階にある心臓のリハビリをする部屋である。

リハビリは1カ月半前の3月28日

無事にお勤めを終えて修了証書をもらった。

お世話になったお礼に3人のリハビリ療法士と循環器内科医師たちの記念写真を撮らせてもらった。

そのときの写真を差しあげたら喜んでくれた。

受け取ったⅠさんの身体つきを拝見して驚き。

1カ月半前のときは気がつかなかった妊婦さんだった。

なんでも2月後には第一子の誕生。

その姿がわかるなり、おめでとうございます、だ。

循環器内科診察室に戻ってじっくり本を読む。

老眼鏡がないから読み辛い。

辛いがなんとか判読する。

頭は痛くなる。

ぼぉーとすることもある。

しまいに眠たくなる。

それを押しのけてなんとか頭に叩き込む『「民俗」の創出』は示唆する箇所が多い。

細かな部分は頭に入らないが、待ち時間が長ければまた嬉し、である。

そのうちに院内アナウンスが流れた。

10時半のころである。

急患が入ったことにより診察時間が伸びてご迷惑をおかけしているというアナウンスだ。

予約の診察時間は11時。

この状況では12時を過ぎるであろう。

その後の11時20分にもアナウンスがあった。

本日の予約が多くなり、たいへん混んでおり、約1時間遅れの状況になっているという。

これでは私の番が廻ってくるのは午後12時半になること間違いなしだ。

またまた本読みに没頭する。

予定していた章の判読はほとんど読み終えたころに呼び出しがかかった午後12時10分。

診察室内の待ち合わせ場所で待つこと5分。

ようやく面談できた主治医のⅠ循環器内科医師。

心電図の結果ではp波が鮮明に出ているという。

それは良かったである。

一年前は薄っすら状態。

心配された心臓であるがリハビリ運動のおかげでここまで良くなった。

そのp波状態はリハビリ運動中にもみていた。

デイスプレイ画像であるが清明状態に安堵していたのだ。

先生方のお陰であるが、不整脈が見られるということだ。

その不整脈は重要なことではない。

たんまにみられる程度であるなら問題視することも要らないという。

さて、血液検査結果である。

特に問題はみられないが、ワーフアリン効き目を数値で現わしているPT―INRである。

前回は1.33のところが、今回は1.43。

若干は上昇したが、未達である。

PT-INRは1.5以上が望ましい。

ワーフアリン錠剤を増量するか、しないのか。

低ければ血液の流れが良くないということだが、医師の決断はもう少し様子をみましょう、である。

気になっていたのはγ-GTPの値。

前々回の平成28年11月の値は143。

前回、2月の値は158。

今回は三桁から二桁に落ちて89。

アルコールは毎日飲んでいるし、脂もんも食べているが適度な量である。

肝臓の具合がえーということは嬉しい限り。

ただ、平成28年の9月は97だったから、無茶をすると反逆する可能性もなきにしもあらず。

今週末には1年ぶりの同窓会がある。

適量で済ませるように努力してみたい。

ちなみに今回はBNPについてのコメントがなかった。

ないということは特に問題になるものがないということだ。

BNPは脳性ナトリウム利尿ペプチドの略。

心臓の負荷が増えるとか、心筋肥大が起こるとBNPの血液濃度が増加する。

値が高いほど心臓が良くない状態であるが、今回の値は92.5である。

前々回の平成28年11月の値は62.8。

前回、2月の値は75.48。

基準値には達していないが、今回も二桁台をキープしている。

ぎりぎりのキープであるのはこの数日間がしんどいという証拠ではないだろうか。

しんどいというのは利尿量である。

きっちりとたっぷりの排尿があれば身体も気分も軽くなる。

たんまに重たくなる日は、やはりである。

本来なら排尿量を計測しないとわからんであるが、記録している排尿回数でもだいたいがわかる。

特に問題はなかったが、腰を屈めたときは生き苦しくなることだけは伝えておいた。

カメラマンの特性の関係でローアングル撮影をする場合が多々ある。

屈むということはしゃがむことである。

しゃがむと胸が圧迫されるのか息苦しくなるのだ。

例えば運動のように一時であればしんどさは感じないが、撮影にピント合わせ。

構図取りなどをしておればある程度の時間が要る。

それが長時間になればなるほど苦しいのである。

靴を履くときはしゃがむ。

その一時が苦しい。

床に腰かけて靴を履く場合も前かがみになれば苦しい。

一時的であればなんとも思わないが、靴ひもを結ぶことなんてもんは耐えられないのである。

顔色も口もよく動いて達者である。

見た目はまったくわからない屈む、しゃがむの状態は健康な人には想像できないだろう。

診察を終えた時間帯は午後12時半ジャスト。

それからは会計処理待ち。

これはいつもの通りの20分程度。

3カ月分の薬をもらって外来棟を出たのは午後1時だった。

(H29. 5.16 SB932SH撮影)

月々千円ちょっとでタイガース試合が見られる装置

2018年06月17日 09時01分26秒 | つうしん
一昨日のことだ。門扉の呼び鈴を誰かが押す。

押されても奥の部屋で作業していたら、耳には届かないことが多々ある。

一人で居る場合はその音が鳴る装置があるリビングの扉を開けておく。

開けておいても聞こえなない場合がある。

なぜなら、パソコン作業中も横に置いてあるテレビジョンの音声によって呼び鈴の音が認識できない場合があるからだ。

たまたまである。

呼び鈴を押されたときは音声を切っていた。

執筆作業に集中にするためにやむなく音声を切っていた。

そのときにピンポーンと鳴った。

鳴ったのであれば装置があるリビングに行ってボタンを押す。

呼び鈴がある装置はテレビカメラ付き。

どのような人が来たのかだいたいがわかるようになっている。

ご近所さんならボタンを押すこともなく玄関ドアを開けて門扉にでる。

この日は見かけない男性である。

なんでしょうかと問えば、「KCNです」と云った。

KCNが進めている光ケーブル化の案内である。

利用しているインターネットは一番定額のコースである。

動画を必要としない私はこれで満足している。

今回の案内はそれではなくテレビである。

それもBS放送である。

何かの特典がありそうだと思って玄関を開けた。

男性は担当である名札を示して怪しい者ではないことを伝える。

BS放送を見るにはNHKの契約が要る。

我が家はきちんと契約している。

その支払いをKCNが代行するというのだ。

間に入って中間搾取・・・ではなくNHK衛星受信料「団体一括支払」をすれば支払い金額が低減されるという話しだ。

2カ月払額であればNHK直接の口座振替・クレジットカード継続払いよりも300円安くなる。

半年一括前払い額であればその差額は915円。

12カ月一括前払い額であれば1850円もお得になる。

NHKとの直接契約であっても半年払い、一年払いの割引特典があるが、KCN団体一括支払い契約の方が安価になる。

年間1850円のお得感を12月で割れば月割り約154円がお得になる計算だ。

担当者が提示する資料はもう一枚ある。

これを見てもう決まったようなもんだ。

そのシートに書いてあった文字に「KCNなら地域によって受信できないテレビ大阪とか京都テレビが受信できる」が躍る。

しかも、だ。

サインペンで書いた文字もある。

それには「サンTV」と書いてある。

これら3局があれば阪神タイガースの試合中継が見られる。

一番に喜ぶのはかーさんだ。

オープン戦から始まってペナントレース公式戦にクライマックスシリーズを経て日本シリーズでチャンピオンが決まる。

この恩恵はタダではない。

KCNケーブルテレビに契約しなくては見られないシステム。

そりゃどこでもそうだが、である。

男性職員が示した契約コースは地デジスーパーディズニー2chコースである。

我が家は電話も含みのインターネット契約。

プラスするには接続工事が伴う。

ただいまその工事費はタダになるキャンペーン中であるという売り込みである。

男性職員はいう。

電話プラスのインターネット契約よりプラス770円で阪神タイガースの試合が見られる。

喜ぶのはかーさんだが、プラスの支出にどう思うのか。

相談の上で決定したいと伝えたら明日か明後日に再訪するという。

翌日は自然観察会に出かけなくてはならないので15日の月曜日を指定したが、時間の約束は決めていなかった、

いつ来るやら、逆に失念してこないかもしれない。

電話をしても良いのだが、夕方には来るであろうと思っていたら、ほんまにそうなった。

男性職員の担当地域は香芝市もあるがもっと遠い五條市も担当する。

そこまで訪問していたら遅くなったという。

それなりゃ電話をするのが当然だろうと思うが、こっちも約束時間を決めずにいたからその指摘は強く云わない。

二日前に聞いていた推薦の地デジスーパーディズニー2chコースである。

我が家に孫はいない。

いたとしてもディズニー番組はまったく興味がない。

それを除いたコースはどれかと聞けば、地デジスーパーコースである。

そのコースであれば月額5030円。

一昨日の我が家の契約は誤計算。

正しくは月々3530円だった。

その差額は1500円。

毎月1500円のアップになるがKCN契約のNHK衛星受信料「団体一括支払」にすれば月割り約154円を差し引いて1345円である。

そこで云った男性職員。

我が家の電話は二つのオプションをつけている。

一つはナンバー表示でもう一つはキャッチフォンだ。

職員が云ったのはキャッチフォンの利用状況である。

ほとんど使っていませんねといえばかーさんが頷く。

そうなのである。

であればオプションを外されたらどうかという打診である。

使っていないのであれば将来もそうであろう。

不要な費用はカット。

そうすれば月額300円も浮く。

こうして再計算すれば1045円の月額アップになる。

これで手を打った契約に契約書類に必要事項を書き込む。

これまでのKCN契約の支払いはクレジット扱い。

そうであればNHKの受信料もクレジット扱いにしましょうということでそうした。

男性職員が云った。

我が家も支払いはクレジットにしている。

一つに纏めてポイントを稼ぐ。

年間で2万円ほどの現金化が見込まれる。

我が家もそうしてきたが、何故かNHKは外していた。

月々の合計支払額には微々たるものだが積もり積もればポイント加算増が見込まれる。

ありがたいシステム構造のメリットを利用しなくてはならない低金利の世の中である。

ところで工事である。

骨のアンテナは外しても構わないが円盤アンテナはそのままにしておく必要があるという。

尤も骨アンテナもそのままであっても問題はない。

工事は屋外の引き込み線から取り付ける機器に接続。

その機器底から屋内に設置する機器に接続して配線を張り巡らす。

メインのリビングだけは「サンTV」のターミナルが要る。

その接続工事もある。

インターネットもそうだが私の頭では整理のつかない線がいっぱいある。

工事の人にお願いするしかないが、屋内の天井に上がる場所はどこだったっけ・・・。

(H29. 5.15 記)

我が家の白花セッコク

2018年06月16日 09時34分48秒 | 我が家の花
5月になれば我が家のセッコクが動き出す。

昨年は花が咲いた種別ごとに発芽、蕾、開花、萎み状況を観察していた。

今年も、という気は起らない。

なんせ溜まっている民俗取材の紀行文執筆がいっぱい。

それに集中していたいと思ってはいるものの、花が咲けば、つい、目がセッコクに向いてしまう。



これは5月9日の状態の白花セッコク。

蕾がぷっくら膨らんで今にも咲きそうな状態である。



この写真は5月10日の白花セッコク。

予想通りのこの日に咲いた。

咲いたのは一輪であるが、後方にいくつかの蕾がある。

いつ咲いてもおかしくない気象条件。明日はどうなることやら。

それがなんとの満開。



5月11日の白花セッコクは気持ちがいいくらいに後方も開きだした。

一輪、一輪咲きだす白花セッコクに見惚れる。



翌日の12日は全開。

花畑のような感じになった白花セッコクに拍手する。

その日の夜に降り出した雨は強烈だった。

打たれ強いセッコクなんてものはあるのかどうか知らないが・・。

翌日は頭を下げて滴を垂らしていた。

そんな姿が愛おしい。

まるで両手をついて誤っているようにも見えた。

頭を下げていた白花セッコクは元気を取り戻す。



雨は降らずに気温も上がってカラカラ。



14日の姿に頑張ったなと声をかけたい。

(H29. 5. 9~14 EOS40D撮影)

矢田町寺村の水口まつり

2018年06月15日 09時52分51秒 | 大和郡山市へ
この日は2年ぶりに参加した大和郡山のボランテイア自然観察会だった。

観察会を終えて解散したら、私自身の観察に移る。

矢田町にはあちらこちらに水口まつりがあるが、調べるエリアはとにかく広い。



矢田坐久志玉比古神社付近の北村、横山、中村地区の集落の水口はイロバナに綱掛行事にもらったお札を立てる。

寺村、垣内地区は矢田寺(金剛山寺)の修正会のごーさん札。



これがそうであるが、垣内の垣内は東明寺八阪神社の御田植祭にもらった松苗を立てると聞いているが、未だ発見できていない。

ちなみに矢田町の南の端にある山田原地区にも神社はあるが、関係する行事がないことからイロバナだけである。

(H29. 5.14 EOS40D撮影)

アウトドアに食べる日清のカレーメシ

2018年06月14日 08時42分52秒 | あれこれインスタント
とっておきにカップ飯を持参した。

室内で食べるよりもアウトドアに食べたかった日清のカレーメシ。

数か月前に気分で買った日清のカレーメシが気に入った。

実に美味しいのである。

具はそれほど多くもないし味も特別でもない。

ミンチ肉の旨味はまったく感じない。

ジャガイモは敢えていうなら食感だけ。

しかし、だ。

カレーそのものの味がとても美味いのだ。

本格的なカレー味に魅せられた。

ご飯は不味くない。

旨みはないが甘味がある。

それがカレールーに混ざってたまらん旨さになる。

また、食べたいと思って買い置きしていたカップ飯。

お湯を注いで5分間を待つ。

室内ならテレビでも見ての5分間。

アウトドアなら初夏の風情を醸し出す矢田山風景を見ながら待つ至福の時間。



蓋を取ってもってきた大きなスプーンでかき混ぜる。

ぐるぐるぐるぐるかき回す。

粘り気がでてきたら食べごろ。



もう少し回して完成。

スパイスが利いてやっぱり美味い。

日清のカップ飯はカレーメシの他、数商品があるが、これが一番だと思っている。

ただ、具材のニンジンとフライドポテトの原産地は中国だった。

また、塩分含有量はナトリウム表記の1.1gであるから2.75g。

適量範囲内にあるのが嬉しい。

(H29. 5.14 SB932SH撮影)

野遊び②in矢田山頂池

2018年06月13日 09時29分12秒 | 自然観察会
ほぼ2年ぶりに参加する野遊びサポーターの自然観察会。

私がお休み中であっても年に8回の観察会は期月、観察場所もほぼ同じで定例的に開催されているから途中で加わっても違和感はない。

お休みの理由は平成27年7月10日に発症した僧帽弁逸脱による弁膜異常。

正式な病名は「うっ血性心不全・僧帽弁閉鎖不全症」である。

手術は上手くいったものの心不全に陥った脈拍異常。

退院後も処置せざるを得ない状況に処置をしたが今度は低脈拍異常に陥った。

それからの1年間は毎週のリハビリ運動。

なんとか今年の三月末には卒業免許をもらった。

もらったのは良いが不完全な状態の復帰。

普通の生活はなんとか暮らせるようになった。

民俗行事の取材は身体の動かせる範囲内で復帰した。

ところが自然観察会はなんとなくの気後れ。

平坦地の観察なら特に意識もしないのだが、山を登る行程の場合は二の足を踏む。

行事取材の場合でも山を登ったことがあるが、たかだか10分程度。

ロングウォークの豆たばりの同行取材は2時間コースであるが、アップダウンはそれほどではない。

さて、どうするか、である。

普段、家に居る場合は往復2kmの歩行訓練をしているが、長々と登るのはどうなのか。

途中下車のUターンになるのか、それとも動けなくなってサポーターの皆さんに迷惑をかけてしまうのか。

不安はある。

その不安を払拭するには参加するしかない。

そう思って今回コースを選んだ。

と、いうよりも先々の観察日程を考えれば行事取材日と重なること多し。

タイミングを失えばまたずるずるしてしまう。

気合で決めた平成29年度2回目の野遊び観察会に出かけた。

集合地は矢田山中腹にある矢田寺の駐車場。

あじさいはまだ咲いていないから締められることはない。

集合地で顔を合わすサポーターの人たち。

私もそうだが2年間の空白は若干の高齢化を感じる年頃である。

この日に集まったサポータースタッフは7人。

保護者会家族は3組で11人。

うち7人は子どもたちだ。

近くに落ちていたハガキの葉っぱで早速始まった自然観察会。

矢田山の木々は広葉樹もあれば針葉樹も。

特にこの時期であればドングリの木の色で山がすっかり変色していることがわかる。

近づけばドングリの花の匂いがしてくる。

初夏の匂いは甘い香り。

景色も匂いも自然の移り変わり。

一週間前に何人かのサポーターが下見をしてきた。

その日と本日とではすでに違っているという。

クマンバチのホバリングは縄張り争い。

いらんことをせーへんかったら、今の季節は大丈夫だが、決して安心しないようにと注意事項を伝える。

二番目の発見はカタツムリ。

それも口紅マイマイ。

雌雄同体のマイマイに口紅しているからそれは女の子やと子供はいうけど、近年では男の子の化粧もあるで、といえば笑っていた。

この日の野鳥は鳴き声で観察。

とはいっても野鳥の姿が見えないから子供たちは鳴き声だけでは興味を示さないが、種別だけでもメモっておこう。

一番よく聞こえるのはウグイスだ。

ピョーと鳴くアオゲラは遠い。

美しい声でさえずるキビタキ。

コジュケイもコゲラも鳴いていた。

遠くの方から聞こえるもっときれいな声。

キョロロンピー、キョロロンピーと聞こえる野鳥は何だ。

サポーターの見立てはクロツグミ。

どうやら矢田山に渡ってきたようだ。

そういえばソウシチョウも見たことがあると云っていた。



今回は矢田の山。

先立つのはトイレである。

こういうもよおしものは何時発症するか待ったなし。

そういう場合を避けて矢田寺のトイレをお借りする。

矢田寺の奥は大阪の人たちが立てたとされる四国巡礼の写し霊場がある。

ここ矢田山にある八十八カ所の石仏をお参りすれば四国にあるお寺さんすべてを巡礼したことになるありがたい地であるが、子供たちは説明を聞いてもさっぱりわからない。



ここへ行くには急こう配。

矢田山を登るには避けられない難コース。

尤も私にとっての話しであるが・・・。

気温は28度にも上昇すると気象予報がでていたが、そうでもなかった。

樹木の下を歩くからそう感じるのか、気持ちの良い風が通り抜けるから汗もでない。

湿気の関係だと思う。

何年か前に訪れた観察会のときは頭から汗が流れ落ちた。

カンカン照りに汗が止まらなかったことを覚えている。

途中で休憩できる東屋がある。

そこにいたのはアリジゴク。

子どもたちは歓んで捕まえていた。

触ったらくるりと丸くなるアリジゴク。

鎧を身に纏っているようだ。

遠目で見ればサンショに見えなくもない。

ここにはもう一つの昆虫がいた。



コメツキムシである。

幼い手で抑えて話せばピョンと弾ける。

その力、強し、である。



下見ではさっぱり見かけなかったというタツナミソウ。

ある所にはあるもんだとサポーターが話す。

花芽のないショウジョウバカマは葉っぱだけ。申しわけないが、花が咲いていなければ撮る気が起こらない。

石仏からようやく離れて頂池。

ここにも東屋がある。

2回目の休憩に辺りを観察する。

朽ちた木々にはたくさんついていたキクラゲ。

乾かして干しておけば食べられる食材。

生では口に入れたくもないと云いながら採取する子供たち。

どっちかといえば食べやすいのはシロキクラゲ。

現在、県立病院を建設中の雑木林は消えた。

30年前の雑木林は森の中。

そこに生えていたシロキクラゲを採取して食べたことがある。

水で綺麗に洗ったシロキクラゲは山葵醤油で食べたことがある。

味はないが食感がコリコリして美味かったことを思い出す。



ところで撮ったシロキクラゲ。

光が当たってまるで鉱石のように見えた。



ここら辺りを探してみればギンランが見つかった。

すぐ近くにはキンランもあったが、それは随分前のこと。

キクラゲが蔓延る辺りにあったが、今はない。

ちなみにそこから歩いて数分後。

目に入った白いモノ。

こちらは花が咲き始めだ。

その地、あの地によって咲く時期が異なることがわかってきた。

シロキクラゲもギンランも地面から近い処にあった。

これらを撮るには腰を屈めてしゃがまなければならない。

タツナミソウのときもそうだったが、ローアングル撮影はとても苦しい。

胸が圧迫されるのか、息ができないくらいに苦しい。

十数秒も待ち構えるには身体が持ちこたえない。

見立てはいたって健康に見えるが、不完全な状態。

心拍はおそらく40拍前後。

椅子に座っている状態であればなんともないが、しゃがむのはとても辛いが治す薬はない。

坂道がずっと続くような山道。

一休み、二休み、三休みしなければほんまにしんどい。



そんなことは関係なしに自転車でハイカー道を走っていくサイクラー集団。

突然に出てくるから子供たちを退避するのに大きな声を出さずにいられない。

思う存分走っていける身体が羨ましい。

ここら辺りから若干の下り。

そこに落ちていた見かけない植物。

ドングリの木の雄花だと思ったが花がまったく違う。



これはなんだろうか。

サポーターの人がいうには「ヤナギのなんとか」だ、そうで。

それをキーワードにネット調べ。

どうやらアカメヤナギ(※マルバヤナギとも)の花後の状態のようである。

ちなみにはしやん先生が云っていた「柳絮(りょうじょ)」もあるらしく、それはラックするときに綿毛が空中に飛び散って風に漂って舞うのがすごいらしい。

時間帯は昼どき丁度。

家からもってきた、とっておきのインスタントカップ食品がこの日の昼食。

およそ30分間の休憩をとって後半は下り坂ばかり。



子どもが発見したバッタはヤブキリ。

背中の線が一本であればヤブキリだが2本ならキリギリスだと教えてもらう。

その下は農業用水池。



少量であるがヒツジグサがある。

花の咲く時間帯は午後2時。

その時間まで1時間半。

待ってられない観察会は出発地を目指して戻っていく。

次に見つかった昆虫は小さい。

そういえば手前のところで大量のオトシブミを発見した。

一つや二つどころか大量に落ちていた。

中にはオトシブミと呼ぶ昆虫が住んでいるはずだ。

成虫なのか幼虫、それとも卵の状態なのか確かめたい子供は持ち帰って生体観察するらしい。



それはともかく見つけた昆虫も小さいキスジコガネ。

青い色であればアオスジコガネになるようだ。

そこからもっと下ったところに白い花をつけた房がいっぱいあった。



花はニセアカシヤ。

どうして手元で見られるのか。

調べてみれば倒木であった。

一昨日の雨は強烈だった。

その雨の関係で生えていた砂地が崩壊した。

花を咲かせたまま倒木した。

そのように考えられるのだが・・・。



そこからもっと下った処にもタツナミソウが咲いていた。

一週間前の下見ではまったくなかったタツナミソウは飽きるぐらいに多い。

そんな状態を見ながら下ったら橋がある。



橋の名前は僧坊谷橋。

私の病名は・僧帽弁閉鎖不全症。

僧は同じだが“ボウ“が違う。

違うが読み方は同じだからついつい僧帽弁を思い起こしてしまった橋の名である。



その橋をさらに下った処にもタツナミソウ。

どれをとっても愛らしい姿を見せてくれた。



そこからずっと下った処にあったギンリョウソウ。

かつて拝見したギンリョウソウの場は逆方向にあった。



菌が飛んでいったのかもしれない元の場所近くにはオオアリドオシの白い花が咲いていた。

この日の万歩計。

午前9時台は807。

10時は1124。

11時は1854。

12時は1402。

13時が1520。

合わせて6706歩。

歩数はすくないがけっこーキツかった。

(H29. 5.14 EOS40D撮影)

我が家の隠れて潜んでいたイワヒバ

2018年06月12日 09時01分46秒 | 我が家の花
中庭にある植物は植木もあれば草花も。

植木は梅に南天、スリコギ、ではなくサンショの木もある。

その下に蔓延ってしまったドラセナ。

占める面積が広がる一方である。

その下にはかつてあった寒蘭の鉢がある。

主がいなくなって十数年。

そのときの土についていたのかシダ類だけが残っている。

そのシダ類の名前はわからないが、どことなくイワヒバに似ている。

昔はここに一鉢のイワヒバがあったなぁと思い出にふける。

ところが、そこにあるじゃないの、である。

イワヒバは何十年もほったらかし。

どこで入手したのか思いだせないが、たぶんに十津川村。

で、あれば30年近くになるかもしれない。

こんな我が家の中庭に居てくれたのが嬉しい。

降った雨の量が多かったのか、息を吹き返したような姿が愛おしい。

ところで、イワヒバは渓谷・渓流で見られる。

意外な処にあったのもある。

それは秘密の神社。

本社殿に参る急な石段のところにざっくざくあった。

それと種類が違うような気がする。

イワヒバもたくさんの種類があるらしい。

ネット検索してみれば葉がよく似ている種類が見つかるが、我が家のイワヒバは特殊でもなんでもなかった。

(H29. 5.12 EOS40D撮影)

日清のスパイス香る屋台風太麺焼きそば

2018年06月11日 09時41分56秒 | あれこれインスタント
袋麺の焼きそばはソース焼きそばに限る。

焼きうどんならしょうゆ味。

そばならソース味に完全区分け。

それ以上の味はないのか。

つい一か月前になにげに買った袋麺焼きそば。

ソースも美味いがそれ以上に味を上げていたのは添えつけのからしマヨネーズ。

一平ちゃんの焼きそばではそれが当たり前。

ところが一平ちゃんシリーズには袋麺タイプがない。

ない、と思っていたらあった。

それが日清のスパイス香る屋台風太麺焼きそば。

特製ソースにからしマヨネーズが付いている。

その焼きそばはむちゃくちゃ美味しかった。

もっぺん食べたいと思って残しておいたらオムソバで出てきた我が家の昼食。

やわらかオムで包んだオムソバは美味い。

旨いが他製品で作ったときと同じような味になった。

つまりはからしマヨネーズの良さが消えてしまったのだ。

それからというものは買い物にでかけるスーパーで商品を探す始末。

どこへ行っても売っていない。

前回に買ったのはどこであったのかすら覚えていなから始末に耐えない。

3連休前のスーパーはどんな具合か。

わざわざ確かめることでもない。

かーさん専用で食べるカップのヨーグルト買いである。

そのヨーグルトはとても美味しいがどこでも売っているわけがない。

売っているのはイオンタウン富雄南の山陽マルナカだ。

イオングループ企業の山陽マルナカが経営するマックスバリュー富雄南店で常に売っている。

たまには特売もするが売り切れの場合もある。

数日前に出かけたら売り切れだったのでこの日に出かけた。

そのヨーグルトも売っていたこの日。

袋麺売り場にあったのが日清の太麺焼きそばスパイス香る屋台風特製ソース・からしマヨネーズ付きだった。

しかも特売である。

これが買わずにおれようか。

楽しみは後日になった焼きそばは10日後に我が家のテーブルに出てきた。



それも大盛り。

かーさんは炭水化物を極力減らしている。

その分、私は増量になる。

1袋で十分になってしまった私の胃袋に負担をかける焼きそばの味。

前回よりも感動があまりない。

衝撃的だったからしマヨーネーズの効果が発揮できていない。

不味くはないが、旨さがトーンダウン。

その原因は増量である。

味覚が麺に混ざらなくなって旨さが半滅。

次回、またもや見つけたとしてもすっと手がでないと思う。

(H29. 5. 2 SB932SH撮影)
(H29. 5.12 SB932SH撮影)