荻野洋一 映画等覚書ブログ

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吉本光宏 著『イメージの帝国/映画の終り』

2007-12-11 08:00:00 | 
 最近出たばかりの『イメージの帝国/映画の終り』(以文社)という本は、「読み応えのある映画書がない」と近年はいささか諦め気味であった私の渇きを、多少なりとも緩和してくれた。
 この本の著者は1961年生まれの吉本光宏という人だが、私の不勉強のため、このたび本書を丸善で手にとって初めて知った名前であった。NYUで教鞭を執りつつ『現代思想』などにも時折映画論を寄せていたそうだから、ひょっとすると気鋭の論客による待望の単行本であったのかもしれない。無知とは怖ろしいものだ。
 本書は映画批評ではなく、したがって、あれはいいとかこれは駄作だとかいう著者固有の価値判断をいっさい禁じた上で、ポスト9.11のハリウッドについて、可能な限り客観的に批判的視座を保持しつつ論理を展開している。

“『硫黄島からの手紙』の根本的な奇妙さとは、その明示的な物語とは裏腹に、それがアメリカの敗北についての映画、あるいはアメリカが勝利を収められない状況下での、「理想的な負け方」を描いた映画でもあるという点にある。”(本書15頁より)

 栗林中将に代表される日本軍がアメリカの表象であり、投降者をためらうことなく射殺するアメリカ軍が日本の表象である、というクリント・イーストウッドのアクロバティックな転回を論じることを起点に、数々のブロックバスター映画を俎にのせていく。『マトリックス』『マイノリティ・レポート』『プライベート・ライアン』『地獄の黙示録』『若き日のリンカーン』『ジョーズ』『宇宙戦争』といった新旧作品を単に例証として利用しつつイメージ批判を反復するその思考性、文章の端正さ、隙のなさには舌を巻いた。

 米国流フィルム・スタディーズに対してアレルギーを禁じ得ない私でも───本書の序盤に延々と続く『マトリックス』についての不自然なまでに詳細な物語分析に辟易とさせられたが、それさえ耐えることができれば───大いに感化を受けつつ読み終えることができた。