夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2015年 3月31日(火)「国民生活の破たん」

2015年03月31日 22時48分46秒 | 「政治・経済」
夕方のニュース。。。。乳製品をはじめ食料品の値上げラッシュ。そして軽自動車の税アップ。その他介護保険料アップ。子育て支援減額。
結局物価上昇は良いことだといわれる背景は庶民泣かせという実態。このまま日銀の量的緩和とアベノミクスが続くならば国民生活は破たんする。
一方で株価維持のために年金罪あて金が使われ、下手をすれば投資家に金は廻るだけ。企業や投資家の利益のための経済政策が国民泣かせの実態を生む。
「内閣府の調査では、30歳代前半男性の未婚率(2013年)は非正規労働者で7割にのぼり、正規の2倍となっている。しかも、学歴を問わず次第に増加している。」「家計が高齢化するほどに、シニア世帯に及んでくる消費税増税のダメージは、否応なく大きくなる」(以上ロイター増税から1年、消費停滞の裏に構造変化 より引用)
円安による物価高と消費増税はいまだに国民の生活を圧迫している。
政府主導による官製春闘により行って述べがあったとしても企業規模格差や地域格差は広がる。
国民全体の生活レベルは下がっていくでしょう。
安倍首相は円安はアベノミクス目的ではない、大胆金融緩和の結果と国会で答弁しているが、アベノミクスによる輸出企業の利益あるいは株価はこの円安によって支えられてきた。そして政府はこの実態を見てアベノミクスの成果としているのではないか。円安による国民生活の低下を引き起こしている円安誘導の出口さえ見えていない。日銀による円安誘導とそれを利用するアベノミクスは個人消費を伸ばすことができないばかりか、さらに個人消費の足を引っ張るだろう。出口論(円安是正)を政府は歓迎するだろうか?
政府による統制的な経済支配は穴の開いたバケツのようにひとつ穴をふさげばほかの穴から漏れるといった矛盾を拡大していく。それが国民生活の低下を進め破綻に導く。
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2015年 3月29日(日)「戦後秩序の維持と崩壊そして日本」

2015年03月29日 11時09分06秒 | 「思うこと」
アメリカとソビエトの冷戦体制の中で世界秩序の維持が守られようとしていた。経済的優位に立ったアメリカを中心としたG7の経済秩序が勝利をし、アメリカを中心とした軍事秩序も優位となった。しかし皮肉にも冷戦体制での軍事バランスや経済秩序がアメリカの勝利となった瞬間から勝利したはずのアメリカの経済的軍事的秩序が自壊を始めた。
すでに世界の憲兵という位置づけは経済面でも維持をできずに中東政策を見てもその軍事行動は矛盾を深めるだけとなっている。経済はアメリカ中心としての集金力も衰え始め、どうにか金融政策によるドルの世界通貨維持をするほかはなくなっている。
アメリカがアメリカ中心の戦後秩序を守ろうとするものが自壊をはじめている。その中で中国はその立場から戦後秩序を中国を中心としたもので維持しようとしている。それは軍事的にも作り上げようとしてきたし、今では経済面でも作り上げようとしている。アメリカ中心から中国中心の戦後秩序の維持である。
ヨーロッパもアメリカ離れを始める。
そこで日本はどういう形で行動をしはじめているのだろうか?
一面ではアメリカ中心の戦後秩序の維持を行っているようだが、実は日本もアメリカの衰えの中で日本独自の戦後秩序を打ち立てようとしているのが現実でしょう。
その日本型の戦後秩序は、安倍首相の唱える戦後レジームからの脱却である。
その戦後レジームからの脱却とは、戦前の日本の名誉回復を世界が認めろというものである。
これはアメリカにも求めている。その中でのアメリカ中心の世界秩序の新たな形をを模索している。戦後レジームからの脱却の中で日本の銀磁力と軍事行動をアメリカ議会も認めろという事である。その中でアメリカも世界の中心であることを維持するためにこの日本の軍事力のカードを切ろうとしているのである。しかし戦後レジームからの脱却は戦前の日本の名誉回復であることからアメリカもそうは簡単にそれを認めるわけにはいかない。
同じ敗戦国であるドイツは発展性の中でヨーロッパの中に身を置く。日本とは全く違う戦後秩序の維持を求めようとするでしょう。それは戦前のドイツの名誉回復ではありえない。
日本は世界の中でももっとも次元の違う戦後秩序作りを求めているという事だろう。
本来は日本の経済システムや経済力を生かして平和主義のもとに世界をリードする力があるのであるが、その力が安倍内閣の戦後レジームからの脱却という形で表れてしまった。日本国民が戦後において何を誇りとして築き上げてきたのか、それをもう位置で日本の政治という形にしなくてはならないだろう。
戦後秩序の維持はそれぞれの国によってその思惑はあるだろうが、戦前に戻ろうという形での今の矛盾を解決しよう党はせずに、大枠の中での戦後秩序の維持は共通項として維持されていくだろう。日本は言葉だけで実際の行動とのかい離を埋めることはできないだろう。それは経済の当世的支配が無理であるのと同じである。
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2015年 3月26日(木)「作用と反作用」

2015年03月26日 21時44分11秒 | 「政治・経済」
社会の中で生きていれば常に作用を受けて反作用を加える。作用を及ぼし反作用を受ける。
社会の中ではばらばらに偶然や自由に作用と反作用が起こっているように見えるが、実は法則性がありこの法則性が常に作用を及ぼし、それに対して反作用が起きている。
その作用を及ぼす法則性は何かといえば、社会においては経済である。
もちろん社会は人が動かすものだからこの経済という法則性も人の行動となって社会に作用をする。しかしこの人の行動を規定するのもまた経済である。だから経済に対しての反作用も人の営みでありそれが政治や法などという形をとる。しかしこの反作用は経済の法則性において自由となる。
アベノミクスは経済が好転し加熱状態に移ると物価が上昇するという経済法則に従おうとしたが、物価が騰がれば経済は好転をすると逆立ちをしてしまった。逆にアベノミクスは経済法則に反するものとなってしまった。経済からの作用をそのままに受け止めて反作用を示すのではなく、経済の作用に逆らう反作用を行ってしまったのである。経済を強力な政治や法で動かそうとするがそれは経済法則に逆らう反作用となった。
物価の下落は経済法則なのである。
商品の生産は生産性の向上によりその商品の価値低下を現す。商品の価値低下は商品の価格を下げていく。このことにより国民生活は豊かさを増すのである。しかし企業においては利潤率の低下をきたす。そこで現れるのがアベノミクスのような反作用なのである。
もう「資本家」という言葉が過去のものになり投資家という存在もまたその役割を終えようとしているのである。
社会の富を価値低下から起きる価格低下を生かしてより多くの国民に分け与えることが経済の法則としての作用に対する反作用でなければならないのである。現実にアベノミクスにおいても矛盾解決のために賃上げを言わざるを得ない。ならば商品の価格を下げたほうが全国民に富を配分することとなるのである。これが経済が人に対して現している作用なのである。
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2015年 3月23日(月)「物価が騰がっても景気はよくならない」

2015年03月23日 21時42分46秒 | 「政治・経済」
物価が下がり続けてデフレ不況となる。そこでデフレからの脱却を物価が騰がることだとして人為的に物価を上げる。しかし物価が騰がるのは大根が100円から120円という貨幣量の変化だけであり、大根の価値自体が上がっているわけではない。1本の大根の価値という面だけではなくて大根の出荷量が多くなるのも価値量の増加である。もちろんこれは出荷量が増えた分消費されて初めて実現される価値量の増加である。
この大根の例と同じように社会全体の生産物の価値量の増加とそれを消費することができる状態でなければ景気はよくならないのである。
今の物価高はどうだろうか?ただ値段という貨幣量が増加をしているだけである。
このような物価高は消費を抑えるばかりである。よってより多くの価値量の生産には結びつかずにむしろせっかく生産できる価値量を消費できないことから景気の足を引っ張るだけである。
やがて消費を第一にみるようになって価格の下落傾向が起きるだろう。
この時通貨安は人為的なものから離れて経済法則にのっとった通貨安となるだろう。すなわち日本の国力が衰えるのである。
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2015年 3月22日(日)「いかさま博打は飽きが来る」

2015年03月22日 22時27分04秒 | 「政治・経済」
たとえ話ですが、いかさま博打でもうけさせてあげるといわれて、初めは儲けさせてもらうのですからうれしくて仕方ないでしょう。しかしそのうちに飽きてしまうのではないでしょうか?
しかも設けた額は大きいのですが、よく見ればその金の価値は下がっていてそうは実質的には儲けていないとなればなおさらうんざりしてくるでしょう。
儲けさせてあげるよと言われても苦笑いしか出てこない。
社会を見れば一生懸命に働いている人にはその金が回らずに苦しんでいる。実はこの苦しんでいる人の金が元となって儲けさせてもらっていることに気付く。
誰でもがこのような社会をそのうちに心配になってしまうでしょう。
もちろんこのような儲け話はねずみ講とよく似ているわけで、いつかもうけもなくなってきて破綻していくことでしょう。
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2015年 3月20日(金)「統制経済か社会民主主義か」

2015年03月20日 21時33分20秒 | 「政治・経済」
春闘の妥結額が出されはじめている。多くの企業ではベースアップも行われている。
賃上げ自体は歓迎をしたい。
しかしこの賃上げは政労使による政策的な賃上げである。特に政府から財界への働きかけが大きかった。これは政府主導の賃上げと見てよいでしょう。
安倍政権発足から政府と日銀による経済政策が行われたが、これは円安と物価高に特徴がある。円安と物価高を人為的(政策として作り出す)行われたものであり、経済法則からの物価高ではない。デフレからの脱却を物価が騰がれば成功をするという論理からのものである。しかしこの矛盾が個人消費を減少させ、それは実質賃金の低下から必然となった。これをどうにかしようとしたのが政府主導の賃上げである。中間層に対する賃上げとして始まっている。中小や非正規雇用がどうなるのかは今後を見ないとわからないが、下手をすれば労働者の中の格差がさらに広がることとなるだろう。そして正社員の割合は減っているわけだから賃上げの政府からの恩恵は限られた労働者になりかねない。また年金生活者や福祉に頼る人々は物価が上昇している中でさらに置いてきぼりを食らうでしょう。この意味でも国民生活の中に格差は拡大する。
この実態が政府主導の人為的経済の構築と人為的な政府主導の賃上げという事になる。さらにこれは広く経済活動全般と国民生活の程度を政府が統制をしていくことにつながる。
この統制は自由主義から離れたものになるでしょう。
しかし自由は良いことだという自由主義が成り立たなくなったからこそこのような統制経済が行われざるを得なくなっているといことでもある。
そこから新しい資本主義は社会民主主義とならざるを得ないのだが、現在は統制経済に近い。
社会民主主義は格差を縮小しながら経済の安定を行うが、統制経済はどこに富を集中させるかを政府が経済を人為的に動かしてきめようとする。ある意味統制経済は昔の社会主義国の悪い部分を備えているのかもしれない。
自由主義的な(なんでも市場が解決をする)という経済の限界にあるとき、社会民主主義を選ぶのか、統制経済を選ぶのか。。。。
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2015年 3月18日(水)「半味噌味噌。」

2015年03月18日 20時28分34秒 | 「東京日記」
時々行くラーメン屋さんに入った。
今日はチャーハンにしようと決めて入った。少し濃いめの味付けとチャーシューが多いことが気に入っている。
チャーハンがきてもくもくと食っていたら、店員さんが注文を聞いて厨房の人に注文メニューを大きな声で伝えていた。
「辛さ抜きのマーボー豆腐、一丁!」
(うん?辛さ抜きのマーボー豆腐?)。。。心の中でその味を想像してみる。
するとすぐに
「半味噌味噌、一丁!」
(うん?半味噌味噌?)心なのかで量の少ない味噌ラーメンか、味噌の少ない薄味の味噌ラーメンかと想像してみる。
どちらもうまくないだろうとその味も想像してみた。。。。

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2015年 3月14日(土)「日本のことを考えれば批判的視点が大切になる」

2015年03月14日 22時39分02秒 | 「思うこと」
昨日書いたが今の株高は官製相場である。
この官製相場と景気とを混同してはならないだろう。株価と景気との乖離が進むことは先進国特有のものかもしれない。
そうならば株価が上がっているとして日本が経済的に強くなったとだけを評価することが日本を真に考える視点化といえばそうではない。むしろ勤労所得と不労所得などの格差の拡大を取り上げる視点が真に日本のことを考えることとなるだろう。
日本のことを考えることが良い面を見て応援するといった視点は逆に日本をダメにしていくでしょう。これは政治全般にも言える。今、批判精神が日本を愛さないことといった風潮が出ているのではないかと思う。実は批判精神が日本を発展させることになるのです。
矛盾を見つめる批判精神。。。。。
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2015年 3月13日(金)「官製相場」

2015年03月13日 18時48分52秒 | 「政治・経済」
株価がだいぶ上がってきています。円安から離れて株自体が上がってきています。
この株価だけを見ると日本の景気もよくなっているように見えますが実際はどうなんでしょうか?
今の株高を支えているのは日銀と年金資金だといわれています。まさに官製相場です。
そこに蜜を吸いに国外の投資家が集まり始めているとも言われます。2万円はいくのでしょうか?
しかし官製相場でつりあがった株価はいつしか利益確定のために下落するかさらに年金資金を投入するかしかないでしょう。
しかし円安自体も進んできているわけですから、原油安があるとしてもこれまでのように物価の上昇傾向は現れるでしょう。
株高と物価上昇は景気の良さを現しますが、やはり円安も管制の物ですからそこからの物価上昇も管制の物です。
そこで現れてくるのは株などでの利益を得る者と苦しむ者という格差が広がるという事です。
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しりとり俳句 2015年 春

2015年03月12日 20時42分23秒 | 「しりとり俳句」

          2015年 春

        冬晴れし一夜明ければ春の雪 夕螺
        春の雪予報に灯油入れてをり 碧
        入れており細きくちばし目白来る 夕螺





       *一番新しいコメントにある句の下五文字より繋いでください。
         (投句していただいた句は、本文中に掲載させていただきます。
                           よろしければ俳号もお書きください。)
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2015年 3月 6日(金)「政治と金そして国民生活」

2015年03月06日 22時10分15秒 | 「思うこと」
毎日のように安倍内閣における政治と金の問題が噴き出ている。
補助金を受けている企業というのは意外なところにあるものだと改めて知らされたが、その補助金を受けている企業から献金されている。補助金は税ですから国民の金です。やはり国民の金が献金として使われていたという視点は当たっているでしょう。
もっと広く見れば、企業の優遇税制やさらに法人税減税が言われているのですからその企業がまた献金を復活させていることを見ればやはり多かれ少なかれ国民の金が使われているという解釈もできます。
政治資金規正法がざる法だといわれていますが、法がどうのというよりも企業から献金を受けること自体がおかしなものです。
団体からの献金も問われますが、昔から企業献金はよくなくて労働組合からは良いのかといった議論がありましたが、企業と労働組合は全く性格の違うものです。上にも書いたように税制面で優遇されている企業が献金するのと、純粋な個人の金を集めて献金するのとでは違いがあります。
献金が拡大される。企業が法人減税を求める根拠はどこにあるのでしょうか?献金はできないはずなのです。
この政治と金の問題が大きくなっている半面、国民には消費増税が行われさらに2年後にはさらに増税されます。アベノミクスにより物価高が野放し状態(いや、むしろ歓迎をしている)で実質賃金は下がり、賃上げという恩恵を受けない労働者や年金生活者などはさらに生活の質を落とされています。
政治と金の問題と国民生活の低下の問題が同時に起きているのです。
これは今の自民党政治の基本的な性質を現しているでしょう。
もっと広く見ると国家と国民の関係がどうなっていくかを現しているのです。国民主権ではなくて国民は国家に奉仕して生活の低下などを我慢する社会増につながります。
政治と金の問題と国民生活の低下は、社会体制なのです。
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