残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣①》第十九回
左馬介が去った後、二人は、ひっそりと小声で話した。
庭先では今や遅しと、樋口が左馬介を待っていた。息も絶え絶えに、左馬介が「…お、お待たせしました…」と駆け込むと、樋口は少し焦れてはいたが、「おう、いいのだ、いいのだ」と、自重ぎみに言葉を返してきた。左馬介の方も樋口の素振りに尋常でないものを感じていたが、その気分は押し殺した。
「で、私に用向きとは、…いったいどうしたというんですか?」
「それよ…。このことは口外無用だぞ」
「はいっ!」
「実は、先生のことで少し云っておかねばならんのだ」
「先生が、どうかされたのですか?」
「他の客人の者達にも云っておらんのだが…、左馬介だけには、と思おてな」
「勿体ぶらないで云って下さいよ」
気の長い左馬介だが、樋口の、まどろっこしさには流石に少しじれてきた。だが、すぐにそれと気づいて、じっと両眼を閉ざす左馬介であった。
「お加減が少し、お悪いようなのだ…」
「えっ? それは、どういうことですか?」