水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《残月剣①》第二十六回

2010年08月12日 00時00分01秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣①》第二十六回
 矢は見事に長谷川の身体を貫き、射(い)落とした。鰻の知識に関しては好きなだけに他の者達に引けは取らぬ・・・と自負する長谷川だが、滋養のこととなると疎(うと)いから余り強くは云えないのだ。鴨下は、その辺りをどう考えているのかは知らないが、左馬介にとってはどうでもいいことなのだ。残月剣の形(かた)さえ確固と極まれば、それが全てなのだった。
 暑気が早く遠退いた今年の変調は、やはり野分となって現れた。
「風が出始めました…。こりゃ、大風が来る前触れかも知れませんねえ…」
「…どうも、そのようです」
 鴨下が話し掛けたので、左馬介は徐(おもむろ)に灰色に流れる雲を眺めながら返した。その日の夜半、俄かに風が出始め、雨がそれに混ざって降り出した。勢いは益々、強まる一方で、いっこう止む気配がない。風が雨戸を叩き、その音に寝つけず起き出した鴨下と左馬介である。長谷川は豪胆で、未だ寝入っている。
「こりゃ、やはり野分ですね。…間違いありません!」
 語気を強め、鴨下が横にいる左馬介に早口で云う。
「この風、瓦を飛ばすかも知れませんよ」
 小心っぽく、鴨下が続ける。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第四十九回)

2010年08月12日 00時00分00秒 | #小説

   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第四十九回
「その後、どうなの? 沼澤さんは来る?」
「この前、来たけど、すぐ帰ったわ」
 早希ちゃんは、まったくそっけない。
「そうなのよ。もう少しゆっくりしてらして、って止めたんだけど…、変化がないようですので、また、っておっしゃられてね」
「そうですか…」
「で、満君の方はどうなのよ?」
 早希ちゃんが割って入った。
「今日のことが偶然なら、まだこれって云えるラッキーは起こってないなあ」
「あらっ? 今日のことって?」
「まあ、一杯、飲ませてくれよ、云うからさ」
「あら、そうだったわ…。いつものダブルね」
「はい…」
 ママはキープした私のボトルを酒棚から下ろす。諄(くど)い早希ちゃんの追及を何とか掻い潜った私は、ママが出してくれたコップの水を飲んだ。いつも出ない筈の私への水コップが出されたことに、ママの小さな気配りを感じた。
「会社のさぁ~、接待があったんだけどね。ちょっと風邪ぎみで嫌だなぁと思ってたら、先方さんから断りの電話が入ったのさ。これって偶然? って思った訳よ」
「ふう~ん」
 早希ちゃんは気のない返事をして携帯を弄(いじく)っている。
「まあ、そんなことは、よくあるわよねえ。それだけじゃ、何とも云えないわ」
「そうですよねえ…、俺もそう思います」
 ママが云うのは説得力があり、正当に思えた。


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