水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第六十四回)

2010年08月29日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第六十四回
 課へ向かう通路で腕を見ると、この前より二十分ばかり早かった。昨日(きのう)から繁忙になった我が第二課のことが脳裡を過(よぎ)り、知らず知らずに腰を軽くしたと考えられる。監視室で禿山(はげやま)さんと話をしているところを他の社員に見られるのを無意識で避けた感は否(いな)めない。監視室に入って話すこと自体は警備員の了解があれば何ら問題はなかった。ただ、社員が出社してきた時に、社でそれなりの地位を頂戴している私が室内に座って警備員と語らっている光景…というのも如何なものか、と思えたのである。
 課の中はガラーンとした薄暗さで、室内灯をオンにすれば一斉(いっせい)にLEDの銀灯が光を放出するのだが、早朝のせいなのか、もう少しこのままでいたかった。私は自分の机(デスク)に近づき、椅子に腰を下ろした。そして、両眼を静かに閉じた。すると、不思議なことに、スゥーっと意識が急激に遠退き、私は眠ってしまっていた。
「課長! …課長!」
「… …」
 肩を揺り動かして小声で私を起こしたのは、係長の児島君だった。私は徐(おもむろ)に右斜め前方の壁に掛けられた課の時計を眺めていた。すでに八時半ばを少し回っている。当然、課員は、ほとんど出勤していた。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第八回

2010年08月29日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第八
 昼からの形(かた)稽古を長谷川と鴨下がやっている。左馬介もいるが、部外者的に稽古の員数には含んでいない長谷川である。だから、自らが左馬介の代わりに鴨下と組になっているのだ。今迄の道場稽古ならば、師範代が稽古に加わること自体、まずなかったが、それが三人の今となっては、そうならざるを得なかった。
 稽古場は二十畳は優にある広さだから、長谷川と鴨下、そして左馬介は、各々、かなり離れた位置で互いの稽古をしていた。無論、それは、どちらから云い出したことでもなかった。更に、双方の稽古は
互いに干渉しない暗黙の申し合わせがあるかのように続いていた。長谷川に対して鴨下は形を示す。それも出来得るだけ左馬介の邪魔にならないように声を押し殺してである。左馬介の方は既に集中出来ているから、辺りの声や音などは全くきにしていないし、また気にもならないだけの修行は積んでいるのである。鴨下や長谷川は、左馬介がそこ迄、上達しているとは知らないから、いらぬ気遣いをしているのだった。左馬介はそんなことは委細構わず、残月剣の形稽古を繰り返し、暫し佇んではまた繰り返した。そして十数度、繰り返した時、左馬介は何を思ったのか、急に竹刀を刀掛けに掛けると、稽古場を早足で出ていった。長谷川と鴨下は気も漫ろだったから稽古を止め、左馬介が歩いていく姿を茫然と見送った。


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