水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第六十二回)

2010年08月27日 00時00分00秒 | #小説
   あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第六十二回
「ということは、今日もお忙しいので?」
「はい、ここ当分は続くことになると思います」
「あのう…それってのは、塩山さんにとって幸運なんですかな?」
 唐突に禿山(はげやま)さんは私の幸運を否定した。
「だって、そうじゃないですか。そりゃ、塩山さんのお立場もよくなり、社内での聞こえもいいんでしょうが…。結果として、塩山さんは多忙で、クタクタですわな?」
「ええ、それはまあ…」
「クタクタにお疲れの割には幸運ってのが、余りに小ぶりに思えるんですがなあ…」
「小ぶり、ですか?」
「漠然とした幸運、早い話、あっても無くてもいいような、ちょいとした幸運ですが、こんなのは、幸運とまでは呼べんと思うんですがなあ。お忙しいのは幸運で?」
「それは云われる通りなのでしょうが、この先も続くことですから…。何が起こるかは私にも分かりませんが、少し期待はしているのですよ」
 私は禿山さんに敢(あ)えて反論はしなかった。それは、彼が云うことにも一応の理があったからである。
「異変が起こっておるのは、現在も進行中、ってことですかな?」
「はい、そういうことになると思います、恐らくは…」

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残月剣 -秘抄- 《残月剣②》第六回

2010年08月27日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣②》第六
身体中に汗をびっしょりと掻いていることにも、この時点で初めて気づく左馬介であった。このままでは風邪をひくな… と思えた左馬介は、ひとまず稽古を終えることにした。昼が、もう近い。腹の具合も、どういう訳か今日は滅法、空いている。それだけ身体を動かした、ということか…と、左馬介は思った。堂所では既に長谷川や鴨下が握り飯を手に摑んで頬張っていた。
「黙っていて悪いが、先に食っておるぞ」
 長谷川は勢いよく食べながら、そう云った。
「あっ、どうぞどうぞ、お構いなく…」
 鴨下は無言で左馬介へ軽く会釈だけした。手は汗を井戸で拭った折りに洗っているから、汚くはない。左馬介は大皿に盛られた握り飯の一つを手にして頬張った。腹が空いているから美味い。昨日よりは少し多めに数があるようだ。
「少し多いんじゃないですか? 昨日より」
「はい。今日は少し多めに作りましたから…」
 鴨下は訳まで云わず、ただそう答えた。残月剣の形(かた)稽古を始めた頃より、左馬介は賄い番を手伝ってはいない。離れたのは三人になってからだが、それでも鴨下が多忙な時は、折に触れ、手助けをしていた左馬介である。


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