水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(59) 裁[さば]き

2014年08月15日 00時00分00秒 | #小説

 再審の法廷で、ああでもない、こうでもないと、原告被告側の双方が丁々発止(ちょうちょうはっし)の大激論を展開していた。主神はその光景を霞(かすみ)の上より静かにご覧になっておられた。
『人間の行いじゃのう…。双方とも間違っておるというに…』
 溜め息混じりに主神は、そう仰せになった。
『いかが、いたしましょう?』
 お付きの見習い神は、主神の傍(かたわ)らで畏(かしこ)まりながら伺(うかが)った。
『捨ておきなさい。いずれ、その過(あやま)ちは人間、自(みずか)らが背負うことになるのじゃからのう。世が乱れれば、上手(うま)く裁(さば)けておらぬ、ということじゃ。世が平穏に住みよくなれば、それは上手く裁けておるということになる』
『ははっ! 最近、冤罪(えんざい)とやらで、無罪などと騒いでおりますが…』
『ほっほっほっ…愚(おろ)かしくも情けなきことじゃて。裁きは一度限りじゃ。二度も裁くは真(まこと)の見えぬアホウがすることである。ほっほっほっ…いずれ、世に現れるわ』
『と、申されますと?』
 見習い神は訝(いぶか)しそうに主神を窺(うかが)った。
『考えてもみよ。罪なき者が繋(つな)がれし間、罪ある者は悠々自適に暮らし、逃げ仰せておる。罪ある者が世に君臨し、罪なき者が世に出られぬとならば、上下(うえした)倍の差、いや、数倍になるやもしれぬが、世の荒廃、隆盛の差となるであろう…』
 主神は笑顔を見せられ、厳(おごそ)かな声で語られた。
『ならば、捨て置けぬのでは?』
『先ほども申したとおり、捨て置きなさい。裁きを誤まれし償(つぐな)いは、人間、自らが償わねばならぬ…』
『ははっ!』
 法廷では、裁判が続いていた。主神は聞くに堪(た)えぬという嘆(なげ)かわしい顔つきで、両の耳を手でお塞(ふさ)ぎになった。
『行こうかの…』
 主神と見習い神を乗せた霞は、法廷より空の彼方(かなた)へと消え去った。

                              THE END


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