はて? と、神はお考えになった。下界では一人の男が何やら失(な)くしたらしく、うろうろと辺(あた)りを探し歩いていた。アチラ・・コチラ・・ソチラ・・やはり、ない…。男は思案に暮れた末、諦(あきら)めたらしく、どっしりと床(ゆか)へ座り込んだ。その間(かん)、およそ半時間だった。そして、しばらくすると、男はやはり諦め切れなかったのか、ふたたび探し始めた。しかし、男が探す目的の物は、ついに見つからなかった。二時間ばかりが経過し、辺りには夕闇が迫っていた。神は天界からその様子の一部始終をご覧になっておられた。そして、ついに見つからず途方に暮れるその男を少し哀れに思(おぼ)し召(め)された。男は何やら呟(つぶや)き始めた。
『あやつ、なにやら口を動かして言っておるな。どれどれ…』
神はお手を神耳(しんじ)へとお近づけになり、聞き耳をお立てになった。千里眼(せんりがん)とはよく使われる人間の言葉だが、この場合は神の千里耳(せんりじ)である。
『なになに…、フムフム』
男が呟いていたのは、こうである。
「はぁ~、どこを探してもない。この前は他へ置き忘れていたから、すぐ見つかったんだが…。今回は、どこにもない?」
『ほっほっほっ…なるほどのう、馬鹿なやつだ。あそこにあるではないか。少し離れてはおるがのう。ほ~っほっほっほっ…』
神は瞬間、お分かりになったのです。その棒がどこにあるかを…。
『人間とは仕方がない生き者ものじゃて…。ソレッ!!』
神の御手(みて)が動くや、全天に閃光(せんこう)が走り、すさまじい雷鳴が轟(とどろ)きました。
下界では男が不思議そうに空を見上げております。それもそのはずで、雲など、ほんのひと握りもなく、閃光が走り雷鳴が轟くはずがなかったのだ。その男が見つけられなかった棒は神によって命を吹き込まれ、俄(にわ)かに生きるがごとく動き、元の位置へ戻ったのだった。それは、男がその棒を買い求める前、存在していた店だった。
「まあ、いいか…。明日(あした)、買うとしよう…」
男は溜め息を一つ吐(は)き、夕飯の準備を始めた。
その翌日、その棒は店で男によって、ふたたび買われ、男の家へと無事、戻った。棒は男が置いた元の場所に戻ったのである。ただ、男の心中には棒を失って買ったという気持が残った。新しかったが、その棒は何年か前に男が買い求めた棒であった。
『ほっほっほっ…まあ、よかろうて…』
神は、ニタリと笑顔を見せられ、虚空(こくう)の彼方(かなた)へ姿をおをお隠(かく)しになった。
THE END