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水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(74) 回転木馬

2014年08月30日 00時00分00秒 | #小説

 子供の日は混むことが予想されていたから、というよりは、大型連休もそろそろ終わりに近づいていたという理由で、益川は遊園地でなんとか子供達のご機嫌を伺(うかが)おう・・と単純に考えた。非常にずるい考えなのだが、仕事のことを考えれば、家族への生活責任の一環(いっかん)なのだから…と、内心で勝手な口実をつけて遊園地へ出かけた。幸い、最近、ローンで新築した一戸建ての近くにその遊園地はあった。とはいえ、なんとも貧相なその遊園地は、幾つかの遊具ゾーンはあるものの、世間一般から見れば、とても遊園地などと呼べる代物(しろもの)ではなかった。ただ一つ、回転木馬の遊具だけは何故(なぜ)か人気があった。その理由は運営会社にも分からなかった。
 益川は子供三人を連れ、その回転木馬に乗ることにした。チケットを買い、先に子供を木馬に乗せて安全ベルトを装着させた。そしてそのあと、益川は木馬に跨(またが)った。しばらくすると、木馬は円周を描いてゆっくりと回転し始めた。まあ、こんなものだろう…と益川は優雅に子供達のはしゃぐ様子を見ながら回っていた。少し下の遊具外では、妻が笑顔で見ていた。次第に木馬の回転が速まったときだった。異変が突然、益川を襲った。周囲の視界が一瞬、霧に閉ざされ、次の瞬間、霧が晴れると木馬に乗っている他の人影が全(すべ)て消え去ったのである。いや、消え去った人影はそれだけではなかった。遊園地にいた入場者や係員の姿はことごとく益川の視界から消え去ったのである。益川は唖然(あぜん)として、ただ乗り続けていた。自分だけがただ一人木馬に跨って回転しているのだ。益川は冷静になろうと考えた。これは夢かもしれん…。いや、疲れのせいで目が霞(かす)んでいるのだろうか…と思った。木馬の取っ手を握る益川の感覚は確かにあった。やがて回転木馬の速度は落ち、停止した。しかし、乗っていた子供達と見ていた妻、その他の人影は誰もいなかった。益川は怖くなって木馬から飛び降りた。益川がしばらく人影を探してウロウロ歩いていると、どこからか賑(にぎ)やかな音が聞こえてきた。益川が耳を欹(そばだ)てると、その音は人々がざわつく騒音に思えた。益川は音がする方向へ近づいていった。やがて音は大きくなってきた。益川は辺(あた)りを見回した。すると、一台のテレビモニターが視界に入った。益川は走ってそのモニターへ近づいた。音はやはり人々がざわつく騒音だった。益川は食い入るように画面を見つめた。なんと! そこに映っていたのは回転木馬に乗った子供たちと自分だった。他の人々の姿もごく普通に映っていた。妻ももちろん、その中にいた。益川はふたたび、回転木馬の方へ走った。だが、回転木馬は止まったままで、やはり誰も存在しなかった。益川は諦(あきら)めたように木馬へ跨った。すると、回転木馬はゆっくりと回転し始めた。そして次第に木馬の回転が速まったときだった。異変がふたたび、益川を襲った。周囲の視界が一瞬、霧に閉ざされ、次の瞬間、霧が晴れると賑わう人々の姿が元のように現れたのである。もちろん、三人の子供や妻の姿もあった。益川はホッ! と、胸を撫で下ろした。その謎(なぞ)は未(いま)だに解き明かされていない。

                              THE END


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