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水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(62) 一品料理

2014年08月18日 00時00分00秒 | #小説

「ははは…なにを今さら。私なんぞ、ずっと連休ですぞ。年(ねん)がら年じゅう!」
 自慢っぽく賃貸マンションの大家(おおや)、黒豚が言った。彼は自慢じゃないが、飲み屋以外、このマンションから一歩も外へ出たことがない…と自慢にもならない話を自慢する変わり者である。すべての所用を助手兼雑用係の焼丸が一切、賄(まかな)い、黒豚がやることと言えば、月一度のマンション住人に対する集金訪問だけだった。それも、ピンポ~~ンと押して、返事がなければ、二度目は焼丸が回るという怠慢ぷりだった。
「いやぁ~、あなたとこうして飲むのも、もう彼是(かれこれ)三十年ほどにもなりますな」
 小料理屋、茅葺(かやぶき)のカウンターで、串竹が突き出しを(つ)まみながら、そう言った。
「そうそう。あのマンションを建てたのがそれぐらいですからな。それ以降、あなたとはご昵懇(じっこん)にさせてもらってます」
 そう言うと、黒豚は生ビールのジョッキをグビリと飲んだ。二人は適当に語らい、酔いが回れば適当に分かれた。席を立つ合図は、助手の焼丸が迎えにきた頃合いになっていた。人々が行楽に浮かれる連休も、黒豚と串竹は飲んでは食すのが常だった。
「旦那、明日から数日は休みますんで…」
 申し訳なさそうに茅葺の主人、葦(あし)原が一品料理の芋の煮っ転がしの小鉢を二つ置きながら言った。この店の煮っ転がしは山椒(さんしょう)風味で実に美味だった。
「連休ですかな?」
「ははは…、家族にせがまれまして」
「夜っぴいて出られるか、下を走られた方が賢明ですな」
 黒豚が、ほんのりした赤ら顔の美味(うま)そうな顔で、自慢っぽく知ったかぶった。
「有難うございます。うちは夜行のバス予約でして…」
 空振りに終わった黒豚は撃沈し、芋の煮っ転がしを箸(はし)で摘まんだ。いや、それは一瞬、摘まんだように見えたが、生憎(あいにく)、カウンター下へと落ちて転がった。そこはそれ、変り者の黒豚である。酔いもあってか悪びれもせず、しゃがみ込んで下へ手を伸ばし、手の指で芋を摘まみ上げると口へ運んだ。汚(きた)ねぇ~…と主人の葦原は思ったが、『客には言えねぇ~言えねぇ~』と思うにとどめ、天井(てんじょう)を見上げて目を逸(そ)らした。
「まあ、連休です。…いろいろありますな。家族サービスして下さい!」
 串竹が黒豚をフォローするように話題を刺し込んだ。黒豚は丸焼きにされた豚のような赤ら顔で、腕を見た。そろそろ、焼丸が迎えに来る頃合いだった。黒豚の勘は的中した。ガラッ! と戸が開き、焼丸が出来上った黒豚を盛り付けに来た。美味そうな一品料理が席をフラフラと立った。

                               THE END


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