ウワッ! またあの男が来た! と煙(けむ)たがられる男がいた。名を渡部という。この男が傍(そば)に来ると、妙に話が湿(しめ)っぽくなり、場がお通夜になるのだった。かといって、この男が陰気で嫌な男なのかといえばそうでもなく、逆に能天気な陽気さが溢(あふ)れるいい男だったのである。では、どうして陰気になるのか? という疑問が湧くのだが、実際にあった具体例をVTRでご覧になり、理解していただきたいと思う。
ここは、とある公園である。大型連休の快晴の早朝、ジョギングに汗する人、早朝の散歩をする人、犬を連れて歩く人と、まあそれぞれ人々は動いていた。木々の鮮やかな新緑と新鮮な空気・・梢(こずえ)から聞こえる小鳥達の囀(さえず)りと、辺(あた)りは自然を満喫(まんきつ)するには至れり尽くせりの好条件だった。
「やあ! 石垣さんじゃありませんか!」
ジョギングをしてい渡部が急に走るのをやめ、早朝の散歩を楽しむ石垣に近づいた。近づかれた石垣は躊躇(ちゅうちょ)したように戸惑(とまど)ったが、時すでに遅し! である。渡部に見つかった以上、陰気になるのは、まず覚悟しなければならなかった。しかも、出会ったタイミングが悪い。連休半ば、今日はいい日にするぞ! と意気込んで散歩に出た早朝である。石垣の家族は全員が温泉旅行に出かけ、作家業の石垣が一人、とり残され、雑誌社に依頼された原稿でショボく家に籠っていた。僅(わず)かに世間と触れられる時間を石垣は貴重に思い、大切にしていた。そして愛犬のコロを連れて散歩に出た矢先、渡部に呼び止められたという寸法だ。
「これは、渡部さん…」
「早朝のお散歩ですか?」
「ええ、まあ…」
「ははは…それは結構なことです。そういや、この辺りでした」
「はあ?」
唐突(とうとつ)な渡部の言葉に、石垣は理解できず訊(き)き返していた。
「いや、なに…。つい先だって、この辺りで倒れられてお亡くなりになったんですよ」
「誰がです?」
「わたしのジョギング仲間でした…」
場が急に陰気で湿っぽくなった。
「そうでしたか…。それはお悪いことが…」
「いや、気にせんで下さい。ははは、忘れて忘れて! じゃあ!」
渡部は笑顔で軽くお辞儀すると、ジョギングを再開して走り去った。あとに残された石垣は陰鬱(いんうつ)に湿ったままである。今日はいい日にするぞ! と出た心意気はすっかり消え去り、お通夜のような湿っぽさが石垣の周(まわ)りを取り巻いていた。
「コロ! 行くぞっ!」
石垣はコロのリールを引っぱると歩き始めた。そして石垣は、面白くもないのにハッハッハッ…と笑って陰気さを振り払おうとした。その異様な笑い声に、辺りの人々は驚いて一斉(いっせい)に振り向き、石垣を見た。場がすっかり湿っぽくなった。
THE END