水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(73) お金は知っていた

2014年08月29日 00時00分00秒 | #小説

 工場の旋盤前である。工員の甘煮(あまに)は手の動かし方が悪い! と、今日も先輩工員の薄味(うすあじ)に叱(しか)られていた。よく毎日、これだけ怒れるなぁ~と、つくづく働くのが嫌になるほどの怒られようだった。だが、甘煮はグツグツと薄味に嫌味(いやみ)で煮られても辛抱して耐え忍んだ。そんな甘煮だったが、工場から貰(もら)った給料はコツコツと蓄(たくわ)えていた。蓄えられたお金は集合して話し合っていた。甘煮が金融機関に預貯金する前、彼のお金達が送別会を兼ねて開催する[お疲れ会]と呼ばれる会議だった。
『いやぁ~、先月も怒られてたよ、ご主人』
「君は、今月、加わったお金だったね?」
「はい! 新入りのお金です。皆さん、よろしく!」
「と言われても、明日は預けられるからお別れなんだよ、実は…」
 先輩のお金は加わったお金にそう囁(ささや)いた。
「そうでした…。でも、いずれまた、このいい人の元へ集まりましょう」
「そうだな、そうしよう! なんといってもこの人は俺を呼ぶのに怒られてたし、汗をタラタラと掻(か)いていくれたからな。なんか、離れ辛(づら)い…」
「というか、離れたくないよな!」
「そうそう!」
「じゃあ、いずれまた、集まってこの人のために尽くそうぜ!」
 オォ~ッ! と人間には聞こえない掛け声が響き、甘煮のお疲れ会はお札(さつ)や貨幣で大いに盛り上がっていた。
 一方、こちらは工場から少し離れたところにある宝くじ売り場である。散々、買って貢(みつ)いだ挙句、やっと1等の前後賞¥200万を手にした塩辛(しおから)がお金を懐(ふところ)へ入れ、歩いていた。家へ戻(もど)った塩辛は北叟笑(ほくそえ)んで札束を見つめ、手金庫へと入れた。しばらくして、彼がいなくなった途端、手金庫のお金達はボソボソと呟(つぶや)き始めた。塩辛からの[逃避会]が彼の手金庫の中で、さっそく開かれたのである。
「運が悪い! こいつは働かずに我々を手に入れた!」
「そうだ! 早く、この男から離れよう!」
 塩辛の逃避会のお札達は満場一致で彼からの逃避を決議した。
 三年後、金融機関を出た甘煮の手元にお疲れ会の連中が再結していた。彼のために働こうと戻ってきたお金達である。甘煮は自分のためではなく、家族のためのお金を預貯金していたのだった。一方、塩辛の手元には、すでに宝くじで得たお金達は残っていなかった。お金達は全(すべ)て彼から逃避したのである。塩辛は遊び金で彼等をすべて使い果たしたのだった。手にした人々を、お金は知っていた。

                             THE END


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