いつものように物置に近づいのだが、そのときすでにドラは厚かましい態度で堂々と軒(のき)下で眠っていたのである。小次郎は突然のことで驚いた。全然、現れなかったから、てっきり諦(あきら)めて近づかなくなったものと思い込んでいたのだ。突然、出くわすと、さすがに戸惑う。小次郎も例外ではなくギクッ! とした。待ちかまえていたように薄目を開けたドラが声を出した。
『おお、誰かと思えば、ここの家主(やぬし)さん? 厄介になってるぜ』
言っていることは丁重なのだが、言葉づきはガラが悪い凄味(すごみ)の利(き)いた声だった。普通の者・・いや、普通の猫なら貫禄(かんろく)負けしてしまうところである。だが、小次郎は違った。
『誰かと思えばドラさんでしたか。これはこれは…』
そう言いながら小次郎は間合いを探って少しずつ後退(あとずさ)りした。ドラに気づかれては怯(ひる)んだ心中を見透かされるから、ほんの少しずつである。あと1m下がれば里山が工夫した警報ブザーの板だ。
『この前は用があったからトンズラしたが、今日はゆっくりさせてもらうぜ』
『ええ、それはもう…』
小次郎はドラに逆らわず、また少し後退りした。そしてついに、警報板の位置まで辿(たど)り着いた。小次郎はふと、里山が言ったことを思い出した。
━ 少しでも触れれれば、たちまち鳴るからな… ━
小次郎は警報番の直前で右足を軽く上げた。