「ははは…まあ、そう言うな。味は俺が保証する絶品だ」
里山は自信ありげに言い放った。事実、この定食屋、酢蛸(すだこ)は、知る人ぞ知る、食通で知られた名店だった。
「へいっ! いらっしゃい!」
威勢のいい声が飛び、店のカウンターへ座った二人は突き出しで飲み食いを始めた。道坂は依頼する事の詳細を小出しに説明した。
「まあ、そういうことなんで、よろしくお願い致します。本当は二人で頼むのが筋なんですが…」
そう言って、道坂はお銚子の酒を里山の杯(さかずき)へと注(そそ)いだ。
「ははは…、そんな古めかしいことは、どうだっていいよ。それにしてもよかった。そろそろ君も・・とは思っていたんだ」
「はあ…」
道坂は悪びれて苦笑しながら頭を掻いた。里山は蛸とキュウリの酢のものを摘(つ)まみながら杯(さかずき)を傾けた。酢蛸の蛸酢か…と、道坂は突き出しに内心、笑えたが、我慢して右に倣(なら)った。里山はふと、腕を見た。八時を少し回っていた。もう大丈夫だろう…と思った。いくらマスコミが押しかけていたとしても、この時間まで張りついていないだろう…と判断したのだ。だが、この里山の判断は甘かった。それが分かるのは、当然ながら里山がホロ酔い気分で家へ帰ったときになる。
「まだ、半年も先ですが…。その折りには、改めてお願いに伺います」
「ああ。忘れないようにしないとな…。それじゃ!」
里山は手帳にメモ書きしながらそう言い、道坂と別れた。