立食パーティーが始まる夜の8時には、まだ少し時間があった。ようやく暑気も遠退き、歩いていても汗が出る煩(わずら)わしさを脱していた。里山は東都ホテルの近くに偶然見つけた猫カフェへ入った。里山がキャリーボックスを持っていた・・ということもある。もちろん、普通の喫茶店でもキャリーボックスの中身までは訊(たず)ねられないだろうが、無用の気がねは避(さ)けられるし、上手(うま)い具合に店があったから入った・・という、ただそれだけのことだ。小腹が空(す)いていたから、軽い食事とレモンティで済ませ、里山は店を出るとホテルへ入った。カウンターで鳳凰の間の位置を確認したあと、時間前までホテルのロビーで里山は待機することにした。
「まあ、余り意識せずにな…」
『ご主人の方こそ…』
「ははは…、俺は大丈夫さ。なにせ、会社で場 馴(な)れしてるからな」
『それは、心強いですね』
里山はホテルのロビー席に座りながらキャリーボックスに語りかけた。そんな里山を見て、フロアを歩く人が訝(いぶか)しげに里山を見て通り過ぎた。キャリーボックスと話す光景は、誰の目にも尋常ではない。
「やあ! …里山さん!」
探していたかのように擦(す)り寄ってきたのはテレ京の駒井だった。
「ああ、駒井さん、どうも…。少し早かったんですが…」
「いいえ、ちっとも…。私、あなたが来られるのを待ってたんですよ、実は」
「なんだ、そうだったんですか…」
里山にしては予想外の駒井の言葉だった。