俯(うつむ)き加減で時折り腕時計を見ながら里山はパーティが始まるのを待った。そして、ようやく8時を少し回った頃、パーティは始まった。MCを務めたのはテレ京の女性アナウンサーだった。新人アナらしく、少なからず滑舌(かつぜつ)が悪かった。もう少しベテランを出しゃいいのにな…と思えた里山だったが、不満を顔に出さず、絶えず愛想(あいそ)笑いしていた。どうのこうの…と多くのマスコミや招待客を前に不馴(ふな)れな女子アナは里山と小次郎をチヤホヤと、もてはやした。
「では、この辺りで最高視聴率賞の主役、里山さん、小次郎君、ひと言、お願いいたします」
どういう訳か、里山に振った瞬間、女子アナはスラスラと紹介し、噛まなくなった。里山はキャリーボックスを提(さ)げたまま中央前へ進み出た。そして、キャリーボックスをフロアへ置いて開け、小次郎を抱き上げた。小次郎も心得たもので、すでにスタンバイしていた。最近、テレビ出演が増えた関係からか、こうした出番に小次郎は手馴(てな)れていた。
「皆さん、もうご存知かと思いますが、私が話す猫の所有者の里山です。所有者といえば少し違うようにも思います。私は小次郎を我が子と思っております。おい、小次郎…」
里山は小次郎にも話させようと振った。
『はい! 皆さん、小次郎です。僕のような猫は科学的には存在しないのです。でも、僕はこうして皆さんの前で語っております』
小次郎は落ちついた人間語でニャゴった。その声が響いた瞬間、全員から歓声と驚嘆(きょうたん)の声が上がった。