「えっ?」
タクシー運転手は一瞬、驚いて、後部座席をチラ見で振り返った。里山は危ないっ! と感じた。ぶつかるぞっ! とまでは思わなかったが、フロントガラス上のバックミラーを見りゃいいじゃないか! とは思えた。ただ、口にはしなかった。
「いや、違うんです…」
運転手は、なんだ…とばかりに黙った。里山は寡黙(かもく)な人だな…と思ったが、これも言えないから思うに留めた。一方、里山が膝(ひざ)に乗せたキャリーボックスの中で心地よく眠っていた小次郎にしてみれば、突然、声をかけられたのだから、ギクリ! である。
『なんですか? ご主人』
そのまま聞き流すのもなんだから・・と、小次郎はやや小さめの人間語でニャゴった。これがいけなかった。
「えっ!! ええっ!」
違う声を聞いた運転手は、車を慌(あわ)てて減速した。それは当然で、里山以外は乗っていなかったからである。
「あっ! ははは…私、今、売り出し中のタレント猫、小次郎のマネージャーです」
里山は笑って誤魔化し、すぐ何者かを明かした。
「…ああ、なるほど。小次郎ショーの」
運転手は得心したのか、首を縦に振りながら頷(うなず)くと、落ちついた。
「こちらは初めてでして…」
「そうやったね。よかってころも、いっぱいあると。まあ、ゆっくりしてくれんね」
運転手は地元の方言でペラペラと捲(まく)し立てた。