水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<38>

2015年07月10日 00時00分00秒 | #小説

「えっ?」
 タクシー運転手は一瞬、驚いて、後部座席をチラ見で振り返った。里山は危ないっ! と感じた。ぶつかるぞっ! とまでは思わなかったが、フロントガラス上のバックミラーを見りゃいいじゃないか! とは思えた。ただ、口にはしなかった。
「いや、違うんです…」
 運転手は、なんだ…とばかりに黙った。里山は寡黙(かもく)な人だな…と思ったが、これも言えないから思うに留めた。一方、里山が膝(ひざ)に乗せたキャリーボックスの中で心地よく眠っていた小次郎にしてみれば、突然、声をかけられたのだから、ギクリ! である。
『なんですか? ご主人』
 そのまま聞き流すのもなんだから・・と、小次郎はやや小さめの人間語でニャゴった。これがいけなかった。
「えっ!! ええっ!」
 違う声を聞いた運転手は、車を慌(あわ)てて減速した。それは当然で、里山以外は乗っていなかったからである。
「あっ! ははは…私、今、売り出し中のタレント猫、小次郎のマネージャーです」
 里山は笑って誤魔化し、すぐ何者かを明かした。
「…ああ、なるほど。小次郎ショーの」
 運転手は得心したのか、首を縦に振りながら頷(うなず)くと、落ちついた。
「こちらは初めてでして…」
「そうやったね。よかってころも、いっぱいあると。まあ、ゆっくりしてくれんね」
 運転手は地元の方言でペラペラと捲(まく)し立てた。


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