『はい、仲間という訳ではないんですが、僕のお師匠が一人、いや、一匹、おられます。今のところ、他には…』
「なるほど…」
この学者も突っ込まなかった。FD[フロア・ディレクター]の猪芋から指示を受けたカメラ近くのAD[アシスタント・ディレクター]がカンぺ[番組進行用の指示書き]を女性アナウンサーに示した。
「生物学的な観点からのご質問は、どなたか?」
「そこなんですよ、問題は!」
興奮したように立ち上がったのは、収録に遅れて来た世界的に著名な学者だった。その学者は立ち上がったまま腕組みをし、遅れて来たときと同じように少しも悪びれることなく、横柄(おうへい)な態度だった。ところが、スタジオ内には笑声と笑顔が充満した。というのも、その学者の頭は丸禿(まるは)げ状態で、興奮した頭頂部と顔は紅潮を通り越し、茹(ゆ)で蛸(だこ)のように赤く変色していたからだった。小次郎は薄目を開け、美味(うま)そうな蛸だな…と、うざったく思った。
「私はね! 世界的に有名な学者の酢味(すあじ)だっ!」
スタジオ内の誰もが、そんなことは知ってるさ…という目つきで目線を酢味に集中させた。酢味は続けた。
「…もう帰っていいか! こんな無駄(むだ)話に付き合っとる時間は私にはないんだっ!」
他の学者や評論家達は、だったら来なきゃいいじゃないか! という怒りの表情を露(あら)わにした。
「すみません。…そういう事情でしたら、どうぞ」
少し頭に来たのか、女性アナウンサーはFDの指示を待たず、退席を許可した。ほぉ~、この学者は酢味さんじゃなく苦味(にがみ)さんだな…と、小次郎は第三者ならぬ第三猫の立場で欠伸(あくび)をしながら思った。
その後、また幾つかの質問があったが、何度か聞かれた同じ内容で、小次郎は国会のコピー的な答弁調で繰り返しニャゴった。何度も話しているから、スラスラと滑舌(かつぜつ)よくニャゴれた。むろん、人間語で、である。