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水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 ⑤<34>

2015年07月06日 00時00分00秒 | #小説

『先生をお見かけしないので、もう旅立たれたと思っておりました』
『フォッフォッフォ…。私(わたくし)が、そのような礼儀を欠こうはずもござらんよ、小次郎殿』
『そうでしたか…。それで今後は』
『そのことでござるがのう。そろそろ陽気もいい頃合いでござるによって、近々、また旅立とうと…。小次郎殿の[立国]を見届けられぬのは、ちと残念でござるが…』
 股旅(またたび)は里山がいつやら口走った[立国]という言葉を口にした。里山は自分が口走った[立国]の意味をまだ纏(まと)められず、そればかりか、春先の今はすでに心になく忘れ去っていた。それを股旅は、いとも簡単に定義づけて口走ったのだった。
『先生! その[立国]ですが?!』
『んっ? ああ…いつぞや、里山殿が話されていた文言(もんごん)です。失礼! 私なりに理解して、使わせていただきました』
 里山は股旅へ返せなかった。自分の考えと同じに思えたからだった。
 古びたベンチに座る一人と二匹に、桜の花びらが舞い落ちた。それと同時に、暖かなそよ風がフワリ・・と流れた。日射しは春のそれで、一人と二匹に暖かく心地よかった。
「先生、その立国というのは?」
 小次郎は股旅に訊(たず)ねた里山の顔を見上げた。気分としては、僕が口にしたことでしょうよ・・的なものである。
『いえ、なに…。小次郎殿も一家を構えられたようでござるによって、[立国]と語らせていただいたと、ただそれだけの話でござるよ。フォッフォッフォ…』
 股旅は優雅に笑い捨てると、大欠伸(おおあくび)を一つ打った。


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