水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集-1- 大根だっ!

2016年06月15日 00時00分00秒 | #小説

 秋が来ていた。今年もこの季節が巡ったか…と元刑事の蒔山(まきやま)透治は思った。去年はあれだけ減らして播(ま)いた種だったが、それでも食べ切れずに何本かを無駄にしてしまった。今思えば口惜しいかぎりの蒔山だった。余った数本を日干しの千切り大根にしようと思った訳で、工夫しようという努力が足りず、ほどよい硬さの段階で取り込めなかったのである。退職後の楽しみに・・と始めてまだ二年目だったから仕方ないのだが、まあ千切り大根にでもしてみよう・・と思い立った予定で、上手くいくか不透明だったこともある。紫蘇(しそ)を育てたのはいいが、春の梅の収穫期と合わず梅干しを断念し、結局、紫蘇ジュ-スを二度も作る破目に陥(おちい)ってしまった夏の事例に似通っていた。現役の刑事時代なら辞職願を課長に出しているところだったが、幸い今の蒔山は退職後の余生だった。
 さて、大根の種を播く畝(うね)作りの始まりである。畝作りは、まず土づくりから始まる。酸性度を中和し、肥料を加え、さらに土を耕して細かくするという第一段階だ。蒔山はこれ! と定めた畑の一角をスコップで彫り始めた。硬い土を力を入れて、まず区画を決める感じで掘るのである。掘れば土が柔らかくなり、植えない硬い地面と違い、畝作りの区画が浮き出る・・という寸法だ。星の潜伏エリアを固める捜査にも似ていた。それが済むと、まず第一弾の灰と肥料配合となる。蒔山の場合、灰は市販されている燻炭(くんたん)と自家製の藁灰(わらばい)を使う。酸性度を灰のアルカリ性で中和し、苗に適した土にするためだ。次に肥料だが、野菜に合う土は窒素、リン酸、カリといった必要な栄養素が適度に含まれねばならない。細かな配合割合は関係ないが、三要素が含まれていることは欠かせない条件だ。痴情の縺れ、怨恨、事故といったいろいろな角度から捜査を進めることと関係なくもないか…と考えたが、結局、蒔山は関係ないな…という結論に土を掘り返しながら到達した。
「フフフ…大根だっ!」
 鍬(くわ)で掘る手を止め、蒔山は突然、叫ぶように口を開いた。今年は一本も無駄にしないぞっ! という犯人を取り逃がさないと決意した心の叫びだった。

                        完


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