水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 99] 焦(あせ)る…

2016年06月13日 00時00分00秒 | #小説

 俺は生まれもっての慌(あわ)て性(しょう)だから仕方ないな…と肉挽(にくびき)は半(なか)ば諦(あきら)め思考に陥(おちい)っていた。やることなすこと、すべてに焦(あせ)るのだ。これだけは天分(てんぶん)のものだから仕方ない…と肉挽は失敗したあと、いつも思っていた。いつやらも先輩の解凍(かいとう)に相談したとき、『お前は不器用なんじゃない。ゆっくりと一つ一つ片づければ、必ず上手(うま)くいく。それを心がけろ』と、アドバイスされたことがあった。肉挽は当然、次の日から実行した。それが、不思議なことに思考とは裏腹に身体が勝手に動いて焦った。怖いことに、気持は落ちつこうとしているのに体はうろたえていた。やはり、駄目(だめ)か…と、それ以降、諦め思考は益々、強まっていった。
 そんなある日、職場に可愛(かわい)い民知(みんち)愛という新OLが配属された。それからいうもの、どういう訳か肉挽は愛の顔を見ると焦らなくなった。顔を見ているだけで、焦っていた手がゆったりと動くのが肉挽は怖かった。居ても立ってもいられず、肉挽はついに愛に語りかけていた。
「俺と君は相性がいいようだね。お蔭で随分、上手くいくようになったよ」
「はあ?」
 愛は不思議な生き物を見たような訝(いぶか)しげな眼差(まなざ)しで肉挽の顔を窺(うかが)った。
「ははは…いや、なんでもない」
 肉挽は思わず否定してその場を去った。それからというもの、愛の顔を見るのが肉挽にとって、ある種の神の救いとなっている。恋愛感情が愛に対して湧かないのが不思議といえば不思議だった。肉はミンチが絶妙の味になる・・ということだろうか。そこのところは私には分からない。

                 完


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