警察署長室の一コマである。20年ばかり前に定年退職した元署長の手植(てうえ)真一が部下だった刈田稲男を署長室に訪ねていた。その当時は若かった刈田も、すでに来年は定年だった。気を遣(つか)って席を外(はず)したのか、二人以外、誰もいない。
「どうだ、実ってるか?」
「ああ、これは手植さん! まあ、どうぞ。いやあ、なんとか・・ってとこですよ…」
署長席に座る刈田は折りたたみ椅子を手植に勧(すす)めた。
「事件がないってのが豊作なんだがね」
手植は椅子へドッカと腰を下ろしながら、そう返した。
「けっこう、細かいのが片づきません」
「昔にくらべりゃ人間も悪くなったからなぁ~。いろいろと厄介(やっかい)なのが起こって片づかんだろうな」
「これだけ文明が進んで、果たしてよかったのかどうか…」
「いや、そら進むに越したことはなかろうがな。ただし、必要なのか? が問題だがね」
「いらない進歩、けっこうありますね」
「それにともない、いらない人間も出てくる。我々のような年寄りもいらない! と言われればそれまでだがね」
「いやいや、手植さんは、まだまだ…」
刈田は元先輩の手植にヨイショした。
「ははは…そう言ってもらうと私もまだまだやらんとなっ! 問題は若い世代だよ」
手植は、俺はいったい何をやるんだ? と思いながらも強がって返した。
「ですよね…」
いつもは部下に叱咤(しった)する小うるさい刈田も、今日は借りものの猫で、手植にゴロニャ~~状態である。
「まあ、国にも責任はある。ホシは相当、手ごわい」
「見えないホシは国ってとこですか、ははは…」
「ははは…余りでかい声では言えんがな。国の借金を差っ引くと、あまり国はよくなってないんじゃないか…」
「かも知れません…。未だ私もお上(かみ)から食わしてもらってる身ですから、でかい声では言えないんですがね」
「言えん言えん。君はまだ言えん!」
二人の笑い声が署長室に木霊(こだま)した。
完