季節はずれの蝶が舞う休日の昼、猪鹿(いのじか)は鳥のガラを煮ていた。大鍋(おおなべ)の中には葱(ねぎ)だのニンニクだの…だのと、いろいろな具材が放り込まれている。ラーメンの麺つゆに使う特製ス-プ作りだ。その後、出来上りを試飲してみると、まあ、それなりの味に仕上がっていた。あとはそれをベースにして出汁(だし)を完成させるだけになった。猪鹿は飽くまで趣味で作っているのであり、それで商売をしている訳ではなかったから、妥協しない時間の余裕はあった。その余裕で作る手間暇(てまひま)が猪鹿の楽しみになっていたのである。
「おやっ? 今日のは少し塩味が薄いぞ…なぜだ?」
出来上ったラーメン出汁を小皿で飲むと、いつもに比べ少し水くさかった。キッチンは残夏の午後ということもあり、猪鹿の身体を汗ぱませた。汗掻きの猪鹿の額(ひたい)からポタリポタリ…と汗が小皿に落ちた。かまわずもうひと口、出汁を飲むと、これがなんとも絶妙の味わいになっているでないか。売りものや人に食べさせるものではないから、これもありか…と猪鹿はニンマリした。よく考えれば汚ない話だ。だが、美味(うま)いから、どうしようもなかった。さらに猪鹿が考えたのは、他にもこの方法で…と考えたことである。気持が悪くなる怖い話である。
「これ、美味いね。君、商売できるよ」
会社の同僚がやって来たとき、昼どきでもあり猪鹿はラーメンを食べてもらった。もちろん、友人にはあの特製スープは出さず、別のスープを出したつもりだった。
「そうお?」
おかしいな? とは思った猪鹿だったが、まあ、いいか…と笑って応じた。
友人が帰ったあと、友人に出した鉢(はち)の残りスープを指で舐(な)めて確かめると、あの特製スープだった。まあ、いいか…と猪鹿は思った。
完