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水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 96] 一番、怖(こわ)いもの

2016年06月10日 00時00分00秒 | #小説

 丸太木(まるたぎ)はようやく汗を掻(か)かなくなったということで日曜大工でもするか…と思った。だが生憎(あいにく)、生れもって飽(あ)きっぽい丸太木だったから、小一時間もするとやる気をなくし、手に持つノコギリを投げ出していた。自分が丸太を切るというのもいかがなものか…と思えたこともある。まあ、いいか…と腰を庭の芝生(しばふ)に下ろしたとき、一匹のムカデが『こんちわっ!』 と笑顔で現れた。
『ギャア~~!!』
 虫が大の苦手(にがて)で怖(こわ)がりの丸太木は、思わず大声を上げて立ち上がると駆け出した。刺されると思ったのだ。ムカデとすれば笑顔で挨拶(あいさつ)したのに変な人だな? という感じである。命の危険を感じなければムカデは刺さない・・という生物の本能的な理を丸太木を含む多くの人は理解していない。丸太木がやっとのことで家の中へ退避した瞬間、妻の里沙が現れた。
「もう! いい加減にしてよっ!!」
 ムカデの比ではない怖さを覚えた丸太木は、反射的に縮(ちぢ)み上がった。
「はいっ!」
 知らないうちに丸太木は鸚鵡(おうむ)返しの返事をしていた。
「…ったくっ! せっかく作ったお料理が冷めてしまうでしょ!!」
 豪(えら)いのと結婚してしまった…と、丸太木は萎(な)えて里沙の後ろに従い、キッチンへ向かった。料理は美味(うま)かったが、里沙の辛口(からくち)は怖かった。丸太木は食べ終えたあと、食後のコーヒーを飲みながら思った。自分にとって一番怖いものはなんだろうと…。肝っ玉の小さい丸太木にとって、それは、やはり病気であり、死ぬことだった。だが、日々の里沙の辛口が、現実問題として、生きる上で一番、怖かった。

                完


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