いやに今日は風が強いな…と思いながら、刑事の大川は犯人、小舟を潜伏先のアパートの通路で見張っていた。その横で大川付きの若い刑事、浅瀬はさっき買った焼き芋を美味(うま)そうに頬張(ほおば)っている。よくこんなときに食えるな…と腹立たしく思えた大川だったが、まあ、若いから仕方ないか…と、見て見ぬふりを決め込んだ。昨日(きのう)の深夜、小舟がアパートに戻(もど)っていることは、すでに調べがついて分かっていた。あとは取り逃がさず手錠をガチャリとやるだけだった。それが踏み込もうとしたとき、浅瀬が芋を食べだしたから、中断したという訳だ。世の中、一瞬の隙(すき)というのは恐ろしい。その僅(わず)かな間に小舟は裏の窓からアパートのベランダを伝って逃げ出していたのである。
「…もう、いいかっ!」
大川が浅瀬にそう告げたとき、小舟はすでに向かいの家の屋根に飛び移り逃走していた。
「もう、逃げられんぞ! おとなしく出てこいっ!」
管理人に前もって借りた合鍵を鍵穴にさし、大川は叫んだが、中から返答はない。慌(あわ)てて大川はドアを開けたが、部屋の中は蛻(もぬけ)の空(から)だった。大川は、しまった! と思った。窓が開いていた。
「おいっ! 外だっ!」
浅瀬に叫ぶように言うと、大川は部屋を急ぎ出て、通路から鉄製階段を走り下りた。当然、浅瀬も続いた。そのとき、一陣の風がざわつくようにまた強く吹き始めた。どういう訳か犯人の小舟はその風に吹き戻(もど)され、狭い小路を進めないでいた。大川は小路で小舟の後ろ姿をついに捉(とら)えた。だが、大川もどういう訳かざわつく風に一歩も小路を前へ進めなかった。もちろん、浅瀬も同様である。
「待てっ~~小舟! 俺の買ったウナギ弁当をどこへ隠したっ!」
大川は風に戻されながら叫んだ。
「へへへ・・馬鹿野郎! 腹の中だよぉ~~!」
小舟も風に戻されながら叫んだ。
「ちきしょ~~~!」
大川は追うのをやめた途端、ざわつく風に吹き飛ばされた。
「ざまぁ~みろ!」
小舟も油断して動きを止めた途端、ざわつく風に吹き飛ばされた。
完