花川戸 (はなかわど)署に棚田(たなだ)家のひとり息子が行方不明になったとの電話が父親から入り、署の刑事達は俄(にわ)かに色めきたっていた。なんといってもここのところ事件らしい事件が起こらず、ふてくされぎみの刑事達は鼻毛を抜く者、新聞を読み漁(あさ)る者、ウツラウツラする者・・といった具合で、すっかり箍(たが)が緩(ゆる)んでいたのである。
「おい! 事件だっ!」
捜査一課長の虫干(むしぼし)は、鼻毛を一本一歩抜いて机に植えつけている鋤畑(すきはた)の顔を見ながら叫んだ。お前は植えるものが違うだろう! と思う心も、その叫びの中に含まれていた。虫干が叫んだ途端、鋤畑の植える手がピタリ! と止まった。それも当然で、他の刑事達も鋤畑と同様、いっせいに身を正した。虫干はすでに事件と断じていたが、よくよくあとから考えてみれば、まだ分からなかったのである。
久しぶりの事件と勇んで出た鋤畑達は迂闊(うかつ)にも賑やかなサイレンを鳴らし、赤い回転灯を回したパトカーで棚田家に駆けつけた。この手の電話は、事件性を考慮し、極秘裏に静かに駆けつけるのが相場としたものである。すでにこの点で花川戸署の刑事達は間違いを犯していた。まあ、数年、事件らしい事件がなかった花川戸署だったから仕方がないといえば仕方がないとも言えた。さて、その鋤畑達捜査員が現場の棚田家に到着したのは通報を受けてから約20分後だった。
「いつもなら、もうとっくに塾から帰ってる頃なんです…」
鋤畑が状況を訊(たず)ねると、棚田の妻は心配そうに鋤畑に返した。棚田はその横で心配そうに頷(うなず)いた。
「そうですか…。恐らく犯人からの電話が間(ま)もなくかかってくるはずです!」
他の捜査員達はすでに盗聴器を電話にセットし、万全の体制で待機していた。だが、いつまで経っても犯人からの電話はかかってこなかった。彼らはまだ気づいていなかったのである。その頃、ひとり息子は塾帰りにゲーセン[ゲームセンター]でゲームをしながら焼き芋(いも)を頬(ほお)ばっていた。
「怪(おか)しい…かかってきませんなあ」
鋤畑が小声で呟(つぶや)いたとき、遠くから『焼き芋~~ 甘くて美味(おい)しい焼き芋~~』のマイク音が聞こえた。
完