庶民的な話である。
山辺は竹輪(ちくわ)をツマミにしてチューハイを一杯やるのが好きな典型的な親父(おやじ)タイプの男だった。ツマミの竹輪に山辺は一種独特のこだわりをもっていた。少し焼き、開いた穴にマヨネーズをグニュ! っと絞り入れ、それをウスターソースに軽く付けて味わうというものだ。その山辺が休日のある日、いつものように楽しみにしていた竹輪を冷蔵庫から出そうと、イソイソとキッチンへ現れた。ところが、この日にかぎり、冷蔵庫の中にはなぜかいつもの竹輪が入っていない。山辺の記憶では数袋は買い置きしていたはずだったから、これは消えた・・としか思えなかった。家族の者が食べたとしても、数袋を全部食べてしまうとは考えられなかった。消えた竹輪事件である。山辺はさっそく、捜査を開始した。まずは目撃者の割り出しである。この日は日曜だったから、皆は…と、山辺は家族のアリバイ[現場不在証明]を調べることにした。
「なに言ってるのよ! 私は深由(みゆ)と買物に行ってたでしょうが…」
山辺が訊(たず)ねると、妻の香住(かすみ)はあなた知ってるでしょ! とでも言いたげな口調で返してきた。
「ああ、そうだったか…」
とすれば、残るは山辺の父で去年、卒寿を迎えた彦一だった。アレは怪(あや)しい…と刑事癖が出たのか、山辺は自分の父親を内心のタメ口で疑った。
「馬鹿は休み休み言いなさい! 私がそんなミミちいことをする訳がなかろうが! お前というやつは…」
山辺が訊ねると、彦一は情けなそうな顔で息子を見ながら強めに言った。山辺は、消える訳がないのだから妙だ…と首を傾(かし)げた。とすれば…と考えを巡らせたが、山辺の見当はつかなくなっていた。捜査は暗礁(あんしょう)に乗り上げたのである。仕方なく、その日は油揚(あぶらあ)げを軽く焼いて醤油で味わうというツマミで済ますことにした。ところが、コレがまた、けっこうイケたのである。山辺はコレもアリか…と親父風に思った。
次の日の警察である。
「課長、コレ忘れてましたよっ!」
署に着くなり、山辺は係長の堀田に愚痴られた。堀田の手には数袋の竹輪が握られていた。
「おっ! おお…有難う」
バツ悪く、山辺は小声でそう返し、背広の内ポケットへ竹輪の袋を押し込んだ。犯人は山辺のド忘れだった。
完