人が諦(あきら)めたり諦めかけたときに吐(は)く言葉に、もう、いい…という言い回しがある。この、もう、いい…という言い回しを分析すれば、以外と、もう、よくないことが見え隠れする。^^ そう言えば、相手はより同情して、やってくれるだろう…とかなんとか考える巧妙な手口(てぐち)だ。その気にさせる言い回し・・とも言えるだろう。
とある小会社が手形の不渡りを出し、倒産の危機を迎えていた。
「ぅぅぅ…。しゃ、社長~っ!!」
「もう、いい…。君らはよくやってくれたっ! 俺が悪いんだっ! あんな屑(くず)会社の口車(くちぐるま)に乗ったのがいけなかった、すまないっ! だがな、もう、いいんだっ!! もう、いい…」
もう、いい…を繰り返した社長だったが、どうしてどうして、決して諦めてはいなかった。内心は煮えくり返る思いで、くそっ! このまま済(す)ませてなるものかっ!! だった。この復讐心(ふくしゅうしん)は意外な行動へと社長を走らせることになった。自らの土地、建物を抵当(ていとう)に銀行から融資(ゆうし)を受け、手形決済の資金に当てたのである。
一ヶ月後、会社は社員の総力をあげての活躍により危機を脱し、経営は順調な回復を見せつつあった。だがどういう訳か、社長は、ただ一人、浮かぬ顔だった。
「…如何(いかが)されました、社長?」
浮かぬ顔の社長に秘書課長が訊(たず)ねた。
「んっ? いや、べつに…。もう、いい…もう、いい…」
社長は自分に言い聞かせるように、もう、いい…を繰り返した。社長の不甲斐(ふがい)なさに見切りをつけた妻が家を出て、行く方知れずになったのである。しかし、社長は決して諦めてはいなかった。その証拠(しょうこ)に、密(ひそ)かに探偵社に命じ、未練がましく妻の行方(ゆくえ)を探(さぐ)らせていたのである。
分析の結果、もう、いい…は、ちっともよかないのである。^^
完