冬に近づけば当然、寒くなるが、その寒いという言葉を分析すれば、なにも寒暖(かんだん)だけに使われる言葉ではないことが分かる。例(たと)えば、「ワッ、寒ッ!」 と、聞こえた場合、その言葉の真意として、[1]冷えて寒い、[2]言われたダジャレとかが拙(まず)く、その場の雰囲気が冷える。あるいは、とても笑えない・・といった二通りに分かたれることが分かる。
一人の老人が古びた居酒屋で暖(だん)を取りながら一杯やっている。昔ながらの練炭(れんたん)炬燵(ごたつ)の上に金網(かなあみ)を置き、さらにその上には美味(うま)そうに焼けた油揚(あぶらあ)げが香(こう)ばしいいい匂(にお)い放(はな)つ。すでに前もって薬缶(やかん)の中で燗(かん)された酒をチビリチビリとやりながら、老人は焼けた熱々(あつあつ)の油揚げを小皿の醤油につけ、美味(おい)しそうに頬張(ほおば)る。顔がほんのりと赤味を帯び、老人はなんともいえないような笑顔で気持よさそうだ。
「おお、寒いっ! …ほう! 一杯、やられてますなっ!?」
もう一人の老人が身体(からだ)を震(ふる)わせながら店へ入ってきた。顔馴染(かおなじみ)なのか、二人は顔と顔で挨拶するだけで、多くを語らない。入ってきた老人は向かい合いの椅子へ、練炭炬燵を取り囲むように座る。
「同じでよろしゅうございますかなっ?」
「ああ、はい。いつものように…」
店主との会話が、このひと言で、すべてが事(こと)足りるのは、常連の強みだ。
「吟醸(ぎんじょう)・常夏(とこなつ)で寒さがやっつけられますからなっ! ははは…」
「仰(おお)せのとおりでっ! ははは…」
談笑しながら飲み食いし、寒い冬の夜が過ぎていく。
寒い・・を分析すれば、このように酒の肴(さかな)になることもある。だが店主は、二人の会話をいつも寒いっ! と感じて聞いている。^^
完