水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

怪奇ユーモア百選 18] 不思議な花

2016年03月24日 00時00分00秒 | #小説

 関川は夏山へ登っていた。例年、彼は山へ登るのが習慣となっていた。暑くなれば登る・・という、いわば条件反射的な習慣だった。詳しく英語的に言えば、社会的習慣(カスタム)ではなく、個人的習慣(ハビット)ということになる。…まあ、どうでもいい話である。
 大喜ヶ原樹海を抜けると蛞蝓(なめくじ)岳の登りに入る。この山へ入るのにタオル数本は欠かせない。というのも、蛞蝓岳はその名のとおり、ジメジメとした蛞蝓が好む湿気(しっけ)の多い山だった。
 山馴れした関川は順調につづら折れの山道を登り、中腹まで来ていた。この辺(あた)りは杉木立が茂る日陰(ひかげ)山道である。暑気は仕方ないものの、強い日差しが遮(さえぎ)られるお蔭(かげ)で汗はそう掻(か)かなくて済み、随分と助かった。しばらくそんな杉木立の中を進み、関川は、ようやく展望が開けた中腹へと出た。しばらく展望を楽しみながら休んだ後、道を少しづつ登り始めたとき、関川は進む目前に見かけない花が咲いているのに気づいた。高山植物には詳(くわ)しい関川だったが、今まで見たこともない花だった。関川は歩みを止め、じぃ~っとその花を観察していると、妙なことに花も自分を観察しているような気がした。一枚、撮っておこうと、関川は手持ちのカメラのシャッターを押そうとファインダーを覗(のぞ)き込んだ。そのとき、花が少し動き、ポーズをつけたように関川は感じた。まあ気のせいだろう…と、そのままシャッターを押し、関川は歩き始めた。
『これこれ、そこを行く方、お待ちなさい。この先は危険です。悪いことは言いませんから、戻(もど)られた方が身のためです』
 関川は、んっな馬鹿な! と自分の耳を疑(うたが)った。その花は関川の気持を察したのか、左右に花芯を振ってアピールした。
『ギャァ~~!』
 関川は叫びながら山道を駆け下りていた。
 息を切らせ、ほうほうの態(てい)で山の麓(ふもと)まで辿(たど)りついた関川は、やれやれ…と胸を撫(な)で下ろした。
 帰りの列車の中で、ははは…そんな馬鹿な話はない、きっと疲れているからに違いない…と、関川は思うことにした。
 次の日、朝の朝刊を手にした関川は目を疑った。蛞蝓岳中腹で崖崩(がけくず)れ事故が起きた写真入りの記事が出ていた。巻き添えを食った登山客数人が死亡・・という大見出しの記事だった。不思議な花のお告げが、関川を救ったのである。関川は植物図鑑を探し、その花の名を調べた。だがとうとう、その花の名は分からなかった。未(いま)だにその不思議な花の名は分かっていない。関川は勝手に[お助け花]と命名している。

                  完


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