生きる力になれば

ペンネーム良寛地蔵。70代のブログです。言葉で生きる力になればと綴って15年が過ぎました。

腐った木には彫刻できない

2018-04-16 03:48:08 | 日々の暮らし
今日は久し振りに論語から幾つか、いい言葉を紹介したいと思います。

そもそも論語とは、約2500年前の中国で誕生した孔子と弟子たちによる言語録です。

それが、日本には五世紀頃百済から献上されたと日本書紀は伝えています。

聖徳太子の十七条の
憲法の第一条

「和をもって貴しとなす」は

論語を基にしているのです。

孔子は春秋時代の魯という小さな国で、

父を早く亡くし母親に育てられて、20才まで貧しい生活をしていました。

下級役人となり、長い下積み生活をしていたが、

「礼」を知る者として認められ、52才で司法長官となりました。


しかし、乱れた世を直すために、56才から諸国放浪の旅に出ました。

13年間八か国を「徳」を説いて歩いたのですが、仕官できず

69才の時再び故郷に戻り、孔子学園を開いて


74才で亡くなるまで、弟子たちを教えていたのでした。


私は晩年に論語を編纂したことに、何か親しみを感じているのです。



日本の道徳や武士道に影響を与えた論語です。

岬 龍一郎編訳の
分かりやすい言葉で
紹介したいと思います。

『風になびく草のように』

季康子(きこうし)が、孔子に政治について問うた。
「国民が道にはずれたことをしたら殺すことにして、善い国民に向かわせたらどうでしょう」。

孔子が答える。
「下の者は上の者を見習うものです。
どうして死刑を用いることがありましょう。

あなたが善を好んで先頭に立って国民を率いるならば、国民はこれに感化されてみな善人になります。

たとえば上にいる君子は風で、下にいる民を草とします。

草は風が吹けば必ず従います」と。

『矜持(きょうじ)』

心のできた人は、自分なりの誇りを持っているので人と争わないし、
多くの人に囲まれていても付和雷同することはない。

これを矜持という。


『人と言葉の混同』

心のできた人は公明正大であるので、話が上手いからといって即座に採用することはしないが、

よくない人だからといって、その人のいっていることまで棄てることもしない。

『最高の人物、最低の人物』

生まれながらにして自然に道理が身についている者は最上の人である。

学んだあと道理を知る者は次の人物である。

学ぶことを知らず道理に苦しんで、その後、発憤して学んだ者はその次の人物である。

だが、どういう状況でも学ばず何も覚(さと)るところがなく平気でいる者は最低の人物である。


『いざというときに人物がわかる』

季節が変わり寒くなって草木が枯れ果てる中、松や柏がひとり残り、その寒さにも負けることなく毅然と立っている。

平穏無事なときには君子も小人もその違いがわからないが、

事が起こって初めて君子の節操がわかる。


『人間が大事』

孔子の家の馬小屋が火事になった。

朝廷から帰ってきた孔子がこれを知って、
「負傷した者はいなかったか」といって、

馬のことは問わなかった。


『無私無欲の境地』

孔子には普通の人が陥(おちい)りやすい四つの欠点がまったくなかった。

それは「意」意地を張ること。

「必」無理をすること。
「固」固執、こだわること。

「我」我を通すこと。

である。

『乱を起こす人』

血気盛んな人は貧乏をすると、それに負けて自暴自棄となり犯罪を犯しやすくなる。

もともと徳のない人はすべてを他人のせいにして、社会が悪いといって暴動を起こすようになる。

『授業中にやるべきこと』

昼寝をしていた弟子にいった。

「腐った木には彫刻はできない。

腐った土は壁には塗れない。

それと同じように、人間として堕落している者には教育はできない。

寝ているようじゃ、私はもう怒る気にもなれないよ」と。

どれも耳が痛い話ばかりですが、これが聖書や仏教の経典のように続いています。

またいつか紹介します。

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