川塵録

『インテグリティ ーコンプライアンスを超える組織論』重版出来!

コンプラを変え,会社を変え,日本を変える!

キルケゴールが解く「大衆社会」

2024年11月18日 | 社会・時事など
キルケゴールが、『現代の批判』で、「大衆社会」の特徴として以下を挙げているらしい。

  1. 分別と無気力の社会(→すべての人が評論家になる)
  2. 情熱が失われた社会
  3. 妬みによって起こる水平化社会
  4. マスメディアに操作される社会

え、す、すごい、、、

今の令和日本そのまんまじゃないか、、

 
原典を確認します。

以下の本に書いてました。

 
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石戸諭氏が論じる家庭連合問題

2024年11月18日 | 社会・時事など
石戸諭氏が論じる家庭連合問題。

本日発売の本。

彼自身の発言ではないものもありますが、取り急ぎ刺さる言葉のみを切り抜いてシェアします。

これらが誰の発言かは、ご自身でこの本をご購入されて確かめてください!

自民党の友好団体は500。家庭連合はワンノブゼム。


民主党の鳩山由紀夫元首相も、家庭連合と「ズブズブ」だった。


石戸さんの分析によれば、家庭連合が動かせる票は全国で8万票くらい、、、

創価学会の100分の1程度、、、


2世信者はみな穏やかな信仰を楽しんでいる。


テレビ・マスコミには、「被害者」ばっかりが出てくるけど、、


現実を見極めないと。


鳩山由紀夫さんと家庭連合との関係について、どこかのメディアが論じましたかね?


家庭連合を「排除」することは、信者に信仰告白を強いることに等しい。


「排除」は内部の結束を強くさせ、それは「極化」「過激化」を招く。
と、一般論として石戸さんが指摘する。

「排除」は今の自由主義・民主主義社会のとるべき姿ではない。
あるべきは「対話」だろう。


「被害者救済」と「二世の受け入れ」はまったく矛盾しない。


「自分たちが絶対善」という思考こそが、カルト。
「社会がカルト化」してるのではないか。


解散命令請求が来そうな、死に瀕した段階で、家庭連合は、まったく政治に影響力を与えることができなかった。
だから解散命令請求を受けちゃった。

そんなに影響力ないなら、ほんとうに「ズブズブ」と言える関係だったのだろうか。


家庭連合は、自らの死(解散)に瀕して、圧力も影響力も行使することができなかった。


安部暗殺犯。犯罪だよ、許されないよ、暴力はいかん。テロはいかん。


日本特有の「空気」が、すなわち「カルト思想」なのでは。


爆笑問題太田光のような、思慮深い芸人をテレビに出さない社会は、恐ろしい。


以上取り急ぎ。中立的(というよりやや家庭連合へ攻撃的)な文章の中にも、上記の通り、いぶし銀のように光る言葉がありました。





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石戸諭さん最新刊 ー家庭連合への報道

2024年11月18日 | メディア/SNS
石戸諭さんの本日発売の最新刊で、家庭連合に対するメディアのあり方について論じられています。

読んだらご報告差し上げます。

まずはポチってみましょう!




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エドマンド・バークの「崇高・美」と保守思想

2024年11月18日 | 政治
保守思想の父エドマンド・バークは、世界的名著『フランス革命の省察』を書く33年前に、美学的見地から、『崇高と美の起源』って本を書いている。

彼の保守思想に、この「美学」が関係している。

ChatGPTで確認してみました。

バークの『崇高と美の起源』とバークの保守思想はどのような関係にありますか

ChatGPT:

エドマンド・バークの『崇高と美の起源』(1757年)と彼の保守思想は、表面的には異なるテーマを扱っているように見えますが、両者は深い哲学的な関連性を持っています。この関連性は、彼の美学的理解と社会的・政治的価値観が共有する根本的な前提から浮かび上がります。


1. 『崇高と美の起源』の主張

『崇高と美の起源』は美学に関する著作で、バークは「崇高」と「美」という異なる感覚体験を定義・分析しました。
  • 崇高: 恐怖や畏怖を伴う圧倒的な力、無限、壮大さなどから生じる感覚。自然の荒々しさや神秘的なものによって引き起こされる感情で、人間を謙虚にさせる。
  • 美: 優雅さ、調和、可愛らしさといった心地よい感覚から生じる。崇高が「畏怖」なら、美は「愛」に近い。
バークは、これらの感覚が人間の心にどのように影響を与えるかを探り、自然や人間の感情に対する謙虚な態度を示しました。

2. バークの保守思想

バークは後年、フランス革命に反対し、『フランス革命の省察』(1790年)で知られるようになります。彼の保守思想の中心には以下の理念があります。
  • 伝統と継続性: 社会の秩序や慣習、制度は長い歴史の中で育まれてきたものであり、それを軽視することは危険である。
  • 漸進的変化: 革命のような急激な変化ではなく、慎重で漸進的な改革を通じて社会を改善すべき。
  • 人間の限界: 人間の理性には限界があり、伝統や経験を無視して抽象的な理想を追求することは破滅を招く。

3. 美学と保守思想の関係

『崇高と美の起源』とバークの保守思想は、以下の点で深く関連しています。

a. 崇高と謙虚さ

バークの「崇高」の概念は、自然や超越的な力に対する謙虚な態度を促します。この感覚は、社会や歴史における伝統に対するバークの敬意と共鳴します。彼は、伝統や制度を人間の理性では完全に把握できない「崇高」な存在として捉え、軽々しく破壊してはならないと考えました。

b. 調和と秩序

「美」がもたらす調和や安定感は、バークの保守主義が目指す社会の秩序に対応しています。バークは、急進的な革命がこの秩序を破壊し、混乱を招くと考えました。

c. 人間の感情と社会

『崇高と美の起源』では人間の感情の重要性を強調していますが、この視点は保守思想にも影響を与えています。バークは、人間は理性だけでなく感情や習慣によっても動かされる存在であり、それゆえ伝統的な価値観が重要であると考えました。

d. 崇高なものとしての社会と伝統

バークにとって、長い歴史を持つ伝統や制度は、個々人の能力を超えた崇高な存在でした。これらは、何世代にもわたる人々の知恵や努力によって形成されたものであり、軽視すべきではないという考え方が、『崇高と美の起源』の美学的洞察とつながります。

4. まとめ

『崇高と美の起源』は美学的な視点から人間の感情や自然の秩序を探求した著作ですが、その基盤となる哲学はバークの保守思想にも影響を与えています。具体的には、自然や伝統の「崇高さ」への畏敬の念や、秩序と調和の価値を認識する点で、両者は共通しています。

このように、バークの美学と政治思想は、一見別々のテーマを扱いながらも、人間の限界を認識し、調和を求める哲学的な一貫性を持っていると言えます。

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アフリカには、ロシア・中国・北朝鮮が進出している

2024年11月18日 | 社会・時事など
アフリカには、ロシア・中国・北朝鮮が進出している。アフリカには60か国くらいあるから、国連の「票田」。

仲良くしておくと、国連活動に有利になるから、という下心もある。

例えば、、、

ダカールのアフリカンルネサンスは北朝鮮が作った。

ChatGPT:

セネガルの首都ダカールにある「アフリカン・ルネサンスの記念碑(Monument de la Renaissance Africaine)」は、北朝鮮の建設会社である万寿台(マンスデ)創作社によって設計・建設されました。この記念碑は2010年に完成し、アフリカ独立50周年を記念して作られました。

背景と経緯

  1. 記念碑の概要
    アフリカン・ルネサンスの記念碑は、高さ約49メートルの銅製の彫像で、男性が子どもを高く抱え、女性が隣に立つ構図になっています。この記念碑は、アフリカの独立、自由、そして未来への希望を象徴しています。
  2. 北朝鮮との関係
    当時のセネガル大統領アブドゥライ・ワッドがこの記念碑を発案しました。北朝鮮の万寿台創作社は、独裁国家向けの巨大彫像を多数手掛けてきた実績があり、コストパフォーマンスの良さと技術力から依頼を受けたとされています。北朝鮮はセネガルと外交関係を持ち、特に彫像や建設プロジェクトを通じて協力関係を築いていました。
  3. 論争と批判
    • デザイン: 記念碑のデザインがアフリカ的ではなく、むしろソ連や北朝鮮風のプロパガンダアートに近いと批判されました。
    • 費用: 建設費用は約2700万ドルとされ、国内で貧困や経済問題がある中で巨額の支出が批判されました。
    • 宗教的反発: セネガルはイスラム教徒が多数を占める国であり、半裸の人物像は宗教的価値観に反するとする声もありました。

まとめ


アフリカン・ルネサンスの記念碑は、北朝鮮の万寿台創作社が手掛けた作品であり、北朝鮮の彫像製作技術が海外で利用された顕著な例です。

このプロジェクトはセネガル国内外で賛否両論を引き起こしましたが、現在ではダカールのランドマークの一つとなっています。
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疑うトマスとトマス福音書の関係

2024年11月18日 | 宗教
聖トマスが「疑うトマス」と言われているのは、「トマスによる福音書」が新約聖書に入らなかったことと関係がありますか

ChatGPT:

「疑うトマス(Doubting Thomas)」という呼び名は、聖書に記載されている聖トマスの特定のエピソードに由来しており、「トマスによる福音書」が新約聖書に入らなかったこととは直接的な関係はありません。


「疑うトマス」の由来


「疑うトマス」という表現は、新約聖書『ヨハネによる福音書』20章24-29節に記されている物語に基づいています。この物語では、復活したイエスが弟子たちに現れた際、トマスだけがその場におらず、他の弟子たちから「イエスが復活した」と聞いても信じませんでした。トマスは次のように言います。

「私は、その手に釘の跡を見、この指をその釘跡に入れ、この手をその脇腹に入れてみなければ決して信じない」(ヨハネ20:25)

その後、復活したイエスが再び弟子たちの前に現れ、トマスに自分の傷に触れるよう促します。この出来事を通じて、トマスは信じるようになり、「私の主、私の神よ」と告白しました。このエピソードから、トマスは「疑い深い人」の象徴として語られるようになりました。

「トマスによる福音書」との関係


「トマスによる福音書」は2世紀頃に成立したとされる外典で、新約聖書の正典には含まれていません。この文書は、主にイエスの言葉(言行録)を記録したもので、グノーシス主義的な色彩が強いとされています。内容が初期キリスト教正統派の教義と一致しない部分が多かったため、正典に含まれませんでした。

この「トマスによる福音書」が新約聖書に採用されなかったことと、「疑うトマス」の呼び名には直接的な関係はないと考えられます。むしろ、「疑うトマス」というイメージは、ヨハネ福音書のエピソードが基となっています。


まとめ

  • 「疑うトマス」という呼び名は、新約聖書『ヨハネによる福音書』のエピソードに由来します。
  • 「トマスによる福音書」が正典に含まれなかったこととは直接関係ありません。
  • ただし、聖トマスの人物像については、さまざまな文献や伝承が影響を与えている可能性があります。
____________

以上ChatGPT。
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地盤の硬い姫路は、首都移転の候補地になった

2024年11月18日 | 社会・時事など
姫路は地盤が硬いから、関東大震災後には首都移転の候補地になったのですか

ChatGPT:

はい、その通りです。1923年の関東大震災後、日本政府は首都機能の分散や移転を検討しました。その際、兵庫県姫路市が候補地の一つとして挙げられた背景には、姫路の地盤の安定性が挙げられます。

姫路市周辺は比較的硬い地盤(花崗岩や堅固な地層)が広がっており、地震による揺れや被害が抑えられると考えられていました。さらに、姫路は姫路城を中心に都市機能が整備されており、瀬戸内海に面した交通の利便性も高いことが評価されました。

しかし、最終的には首都移転計画は実現しませんでした。候補地としては他にも長野や岡山などが挙がっており、いずれの案も東京の復興や政治的な理由で断念されました。それでも、姫路がその安定した地盤と地理的条件から注目を集めたことは事実です。

____________

以上、(日)の姫路で訊いたことを、ChatGPTで裏とりしました。
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釈迦孔子イエスの30歳

2024年11月18日 | 人物
執行草舟の本を読んでいたら、釈迦が29歳で出家した、と載っていた。

そうか。

29歳とか30歳ってのは聖人にはとても意味ある年齢。

イエスが公生涯(聖人への歩み)を始めたのは30歳から。それまでは普通の大工。

孔子も、「三十にして立つ」って言葉を残した。彼の営みが30歳でドラスティックに変わったってわけではなさそうですが。

釈迦が出家したのも29歳。

ちなみに四大聖人に数えられるソクラテスが29歳とか30歳で何かをしたという記録はない、、

29歳とか30歳くらいの方には刺激になるかと思って、ご紹介しました!


 
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正しさは理屈、美しさは感性

2024年11月18日 | 経営・インテグリティ・エンゲージメント
半年か1年前くらいから私が言っている「正しさ」と「美しさ」の違いが刺さってきている。

コンプライアンス/インテグリティ研修で、「正しさ」よりも「美しさ/カッコよさ」って喋るようになった。この1年か2年くらい。

具体的には、コンプライアンスが「正しさ」で、インテグリティが「美しさ/カッコよさ」みたいな文脈で。

そしたら、お客さんから「美しさ」ってのが刺さりました、ってご意見を頂戴するようになってきた。この半年くらい。

____________

半年前に『組織不正はいつも正しい』って本が出た。

それを読んでさらに私は自信をつけ、「正しさは歪み、色褪せる」けど、「美しさは歪まず、色褪せない」って言うようになった。そう言語化できるようになった。

 
____________

最近、執行草舟を読んで、さらに言語化ができるようになってきた。言語化が磨かれた。

正しさはヨコ、美しさはタテ。 
 ※ 執行草舟の縦と横は こちら

正しさは、理屈。
美しさは、感性。

「正しさ」なんて、理屈でいくらでも言いくるめることができる。

例えば、会社ぐるみで不正をしているときに、その会社の間違った方針に従うことも、ある意味、「正しい」。組織を守る、上司を立てる、先輩を敬うって意味で。

でも「美しく」ない。

____________

英語でも、right が「正しい」で、righteous が「美しい」に相当する。

Being right is not enough. 
Be righteous. 

ってのが私の造語。

正しいでは足りない。
美しくあれ。

いかがでしょうか。
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円安によって国際弁護士が儲けるのか

2024年11月18日 | 法律・海外法務
国際法務において、海外のクライアントに対し、円で報酬を請求するのか、ドルで請求するのか。

円が弱いからドルで請求するというのは私は卑しいと思うので、私は円で請求します。

自国通貨が弱くなったときにその恩恵を被るのは、その国の人ではなくて相手方のような気がします。

____________

一方、弁護士業務ではなく、国際貿易では、一般に円ではなくドル建てで請求しているようですね。これは、仕入れ(輸入)もあり、販売(販売)もあるメーカーでは、両者で為替リスクがトントンになる(相殺される)から、まあ合理的。

仕入れがない(海外から何か輸入するわけではない)日本の弁護士が、「円が弱くなったから儲ける」のは、私の倫理感覚からすると、だいぶ抵抗があります。
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イーロン・マスク「人生には過程しかない」

2024年11月18日 | 人生
中身見ていませんが、田村耕太郎さんが、以下のイーロン・マスクのインタビューで、イーロンが:

・人生には「過程」しかない
・「過程」に向かって「没頭する」のみ
・それこそが尽きない大いなる悦びをもたらす

って言っているとコメントしています。執行草舟的。

幸せなんか求めるな、それはあるべき人生ではない。

Elon Musk to Jordan Peterson: “Life had no Meaning”
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オウム真理教と家庭連合との比較

2024年11月18日 | 宗教
紀藤正樹弁護士はいつも家庭連合をオウム真理教と似せようとしますが、、、

だいぶ違います。 

主にChatGPTからの情報を整理しました。

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「おかめ」を見習って口角を上げる

2024年11月18日 | リーダーシップ・コミュニケーション
「おかめ」を見習って口角を上げる

先日、東京の湯島にある旧岩崎邸と脇の三菱史料館に行ったら、三菱財閥の祖・岩崎弥太郎が明治9年に「おかめ」を飾って、士族に「笑え」と訓示していたことを知りました。


三菱系のクライアントにインテグリティをお話することがあるのですが、私がよく言う「口角を2ミリ上げる」の文脈でこの「おかめ」のお話をしたら、刺さりそうです。

三菱系以外の皆さんのご参考にも!
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大和言葉こそが文化

2024年11月18日 | 言葉
姫路の旧友と20年ぶりくらいに会話。

✓ お天道様が見ている
✓ 恥ずかしい
✓ はしたない
✓ さもしい
✓ みっともない

のような、感覚が失われつつある令和日本について意見交換しました。

我々がずっと使ってきたこういう「大和言葉」を大事にするのがポイントでは。

小林秀雄も武士道とか言わずに「やせ我慢」って言えばいいと言いました。

大和言葉が失われると、我々のいいものも失われるのかもしれません。

言葉というのは文化。
大和言葉に意識をおいて暮らしてみよう。

引き続きよろしくお願いいたします。後半生もお互い元気でバリバリ頑張りましょう!
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多めに書いとけ

2024年11月18日 | 社会・時事など
先日9日の、岐阜の人権シンポジウムで聞いた話。

拉致監禁の被害者(家庭連合信者)Sさんが、監禁されながら、献金したお金を返金することを求める内容証明郵便を家庭連合宛に書くように、監禁を指南する牧師から迫られた。

献金の金額なんて正確に覚えていない、、 とSさんが言ったら、その牧師いわく:

少し多めに書いとけ

だって。

Sさんは、(たしか50日くらいの)監禁後も、3年くらい、悪夢を見続けたそうです。

____________

この「少し多めに書いとけ」は、反家庭連合(拉致監禁を「保護説得」と言いくるめる方々)の、本質を言い当てている。
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