舞い上がる。

日々を笑い、日々を愛す。
ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

あの時こうしていれば。あの日に戻れれば。あの頃の僕にはもう戻れないよ。

2012-02-03 21:50:56 | 小説
5年ぶりの友人の話。二次会はしんみり編。




一つ前の記事の続きです。
5年ぶりに再会した友人Nと飲みに行った1/28(土)の夜。

最初に入った居酒屋では、近況を語り合っているうちに2時間ほど過ぎ、店を出ました。
その後、Nの知り合いがやっているという飲み屋で飲み直すことに。



そこは、東南アジア風のちょっとおしゃれな雰囲気のお店でした。
キャンドルなどもあり、カウンターに座り、ゆっくり語り合うのが似合う雰囲気でした。



すると、Nが言ったのです。



N「いや、俺ら高校卒業してから7年も経つと、それだけでかなりドラマあるよね」

俺「そうだね」

N「ちょっと俺、しみったれた話していい?長くなるけど」

俺「いや、いいけど」

N「実はさ・・・」



すると、Nは大学1年生の時からの思い出を訥々と語り始めました。
それは、7年間にもわたる、一人の女性に対する不器用な想いでした。



N「これさ、ブログに書いてよ」

俺「えー?いいの?」

N「名前出さなきゃいいよ。Nくんとか言って。チヒロのブログ面白いよ」




と言う訳で、Nくんの思い出を元に書き下ろしました。




熊谷千尋 書き下ろし特別短編

『彼女』



僕が彼女と出会ったのは、大学一年の時、同じ授業だった。
仲良くなった僕らは、時々街で出会った時などにも何となく話すような仲になった。
彼女が気になって何となくモスバーガーに誘い、二人で過ごしたのは遠い夏の思い出だ。
あれから何度も、彼女を誘っては二人で食事に行ったりした。

一度、彼女に本気で告白を考えたこともあったが、すぐに思いとどまった。
何故なら、彼女には年上の恋人がいたからだ。
卒業したら結婚を迫られている、なんていう噂もあった。
そんな恋人のいる彼女は、僕に見向きなんてしないだろう。

それなのに彼女が、僕と二人でいる時にだけ見せるあの笑顔は何なのだろう。
僕には分からなかった。
答えの見えない行為に出るほどの勇気は、僕には無かった。
僕は彼女のことは出来るだけ考えないようにして、毎日を過ごすことに決めた。

そのうち、僕にも恋人が出来た。
彼女のことは考えなくなっていた。
新しい恋人との生活が始まった。

けれども時々、彼女に出会った時、僕はどうしたらいいのか分からなかった。
何か大切な問題をそのままにしているような気がする。
飲み会の後、彼女を家まで送って行ったこともあった。
けれど彼女と僕は他愛もない話をするばかりだった。

そのまま何も進展しないまま、時間が流れた。
付き合っていた恋人との仲がもう大分前から上手くいっていなかた僕は、恋人と別れることを決めた。

気付けば季節は大学4年の冬。
彼女の卒業の時が近付いていた。
留年の決まった僕と違い、彼女は内定が決まっていた。
彼女が手の届かない存在になっていく気がした。

卒業する前、彼女と二人で会った。
何気ない挨拶を交わした僕らは、お互いの未来を応援した。
けれどやはり、何も進展しない僕らがいた。

そしてその数か月後、僕はロサンゼルスへの留学を決めた。
日本を発つ日、空港に見送りに来てくれたのは、他でもない彼女だった。

僕のロサンゼルスでの生活が始まった。
知らない街、慣れない英語。
毎日刺激に溢れていて、退屈したことなんて一度も無かった。

ロサンゼルスでの十ヶ月は瞬く間に過ぎた。
英語も大分うまくなったし、友達も出来た。

日本への帰国が数週間後に迫ったある日のこと、日本から一通のエアメールが届いた。
差出人を見て驚いた。
彼女だった。

そこには、こう書いてあった。
「アメリカを離れる前に遊びに行きます」と。

最初は冗談かと思った。
しかし程なくして、彼女は有給を使って本当にロサンゼルスにやってきた。
驚きながらも、いつかの胸の高鳴りが蘇るのを、僕は感じた。

彼女を連れて、ロサンゼルスの街を案内した。
上手くなったドライビングテクニックで、助手席に座った彼女とドライブを楽しんだ。
ガイドブックに載っていないような、地元に住んでいる人じゃないと分からないような場所だって、僕は知っていた。

そして彼女がロサンゼルスを発つ日、僕らはグリフィス天文台に行った。
ここからはロサンゼルスの街を一望できる。
最高の風景を前に、僕らは何時間も無言でそれを眺めていた。
やがて日は暮れ、街に明かりが灯り始める頃、僕らはそこを出た。
彼女がロサンゼルスを発つ時が近付いていた。

空港で見送った時の、彼女のあの切なそうな顔が忘れられない。
結局今回も何も話せずに終わってしまった。

日本に帰国し、僕は考えた。
どうして彼女は僕に会いに来たのだろう。
たまたま観光がしたかっただけと考えることも出来た。
けれど、僕にはそうは思えない。

彼女は、僕に会いに来たのだ。
わざわざ有給を使って、時間と高い金を犠牲にしてまで、僕に会いに来ていたのだ。
それなのに何も出来ずに終わってしまった自分が情けない。

僕の心は決まっていた。
彼女に会って、この想いを伝える。
思えば彼女に出会った時から、こうしていれば良かったのだ。

連絡を取り、彼女に会いに行った。
彼女を呼び出し、喫茶店にでも入って話すつもりがどこも満席で、学生時代みたいにファミレスに入った。

彼女に伝える想いは決まっていた。
「好きだ。」
ただそれだけだった。

この一言のために、何年もの年月を費やしてしまった。
けれど、ついに僕はこの言葉を言った。
彼女は驚いただろうか。

複雑そうな表情をしていた彼女は、何も言わず黙っていた。
気まずい沈黙が、二人の間に流れた。
どれだけそうしていただろう。
時間にしては数分の時間だったのかもしれないが、僕には信じられないほど長く感じられた。

彼女は一言、こう言った。
「もう、遅いよ。」

彼女はかつて僕のことが好きだったらしいのだ。
一度ではない、年上の恋人と別れて僕と付き合おうと思ったことが、何度もあったのだと言う。
けれど今はもう、僕のことを考えることは出来ないのと、彼女は言った。

その時僕に、何が言えただろう。
そのまま店を出て、僕らは別れた。
僕は彼女にふられたのだ。

それから僕は卒論を書いて、六年間という長い大学生活から卒業した。
実家の新潟での仕事も決まっていた。
慌ただしい生活が始まった。
彼女のことを考えることは、もう無くなっていた。

そんなある日、仕事中に彼女から着信があった。
もちろん仕事中に出ることは出来なかった僕は、仕事が終わるとすぐに彼女にかけ直した。

「どうしたの」と僕が聞くと、彼女は言った。

「あの、もうこういう仲になっちゃったから、わざわざ私が連絡するのもおかしいんだけど、それでも他の人から聞くよりはいいと思うし、私からちゃんと話しておかないとって思ったから……」

嫌な予感があった。
けれども、こうなった以上、聞かないわけにはいかない。
僕は言った。

「前置きはいいよ、どうしたの?」

「今度、結婚することになったの」

僕は、そうかおめでとう、と告げた。
それ以上、特に話題が発展することもなく、僕らは電話を切った。

それ以来、僕らは連絡を取っていない。
大学に入学してからの七年間、思えば彼女のことばかり見ていた。
大切なものは失ってから気付くという言葉がある。
けれど、何年間も自分の気持ちに気付かない振りをしながら、自分の想い一つ遂げることのできない僕は、とんだ臆病者だ。

気付いたら空を見上げていた。
ビルの谷間に浮かぶ月が、にじんで見えた。




N「ゴメンな、こんなしみったれた話、俺ばっかりずっと話してて」

俺「いや、いいよ。そうか、そんなことがあったんだな……」

N「うん、それとさあ、もう一つ言いたいことがあるんだけど」

俺「どうしたの?」



N「今、この店に入って来たの、家の親父」



俺「ええええええ!!??」



見ると、三人のサラリーマン風の男性が店に入って来たではないか。
そのうちの一人が、Nのお父さん!?



俺「何、迎えに来たの?」

N「ううん、たまたま。ウチの親父もここ飲みに来るの好きだから」

俺「そ、そうなんだ……」

N「気まずいなあ……」



せっかくしんみりした雰囲気だったのに、親父さんの登場で全部持ってかれたよ!!
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3 コメント

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意志の呟き (七色仮面)
2012-02-04 01:00:58
「転んだ人を笑ってはいけない。彼は歩こうとしたのだ。」

人生は映画じゃない。でも、映画みたいな瞬間はきっとある。なぜなら映画とは、絶頂期にある人間の人生を濃縮し、カプセルに詰めた人生だからだ。

Nさんの場合はオープニングに7年かかっただけのことさ。
ここから怒涛の展開行っちゃう事もできるんだから。

んで、親父さんとご相伴したの?
返信する
N乳 (きのこ)
2012-02-04 15:43:43
壮大な前振りだぜ・・・


タイミングって大事ですよね。
返信する
冷静と情熱のあいだ (ローメン)
2012-02-07 21:11:53
>七色仮面

この前またNに会ったんだけど、『七色仮面がいいこと言ってた』って言ってたよ。
親父さんが入って来たけど、終電があったから俺とNはすぐ店を出たよ。
親父さんは代行で帰ったらしい。

>きのこ

そう、これは壮大な前振りなんだ!
人生のつらい思い出なんて、後にくる笑いの前振りだと思えばいい。
因みにこの記事を読んだNは、親父さん登場のタイミングで爆笑したらしい。
返信する

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