テキスト主体

懐中電灯と双眼鏡と写真機を
テキスト主体で語ろうとする
(当然、その他についても、語ったりする)

佐貫亦男先生

2012-07-22 17:52:43 | 脱線して底抜け
航空評論家、エッセイストとして知られる方ですが、既に鬼籍の人です。

もともとはプロペラ屋さんで、日本の航空機開発黎明期に中心にいた方であり、ドイツに技術を学びに行き、晩年は、カメラや、道具や、軽登山についての著作もあり、私と興味、趣味の範囲が似通った、大先輩であります。
航空雑誌に連載しておられたエッセイのなかで、よく憶えているのが、固定ピッチプロペラ時代の、ブレードとスピナーの接合方法のお話し。

まず、固定ピッチについて。現在では、プロペラの角度は回転数とスピードに応じて、角度が可変し、エンストした場合に抵抗が少なくなるフルフェザー(進行方向に対して水平に近い)や、機種により逆ピッチ(逆推力)になる可変ピッチが殆どです。ただ、航空機の黎明期では、出力、速度ともにさほど大きくなく、角度が固定された羽根が主流でした。羽根そのものは木製で、エンジンの軸上にあるハブスピナー(鉄製)と上手く接合する必要がありました。
当時の低回転のエンジンでも、2枚、3枚羽根のプロペラ自体に発生する遠心力は、十数トンに達し、もし回転中に一枚の羽根が外れたら、ハブ軸を十数トンの衝撃が襲い、ひとたまりもなく空中分解します。木造船にしろ、木造住宅にしろ、木と鉄の接合は、大昔からの課題で、決定的に優れた方法は少ないのです。ボルトやビスは、木の強靱さの根幹である繊維質を損ないます、強固に硬化する接着剤は、鉄と木の熱膨張率の差異を吸収できません、木と鉄の界面の摩擦は、徐々に低下することが知られています。佐貫先生が学んだドイツでは、ある簡単な方法で、木製のブレードと鉄のスピナーを接合していました。
アルカリ性のカルシウム水溶物(炭カルや消石灰を水で溶いたようなもの)を接着剤の主成分にして、接合していたといいます。なぜこのような物質が、木と鉄の強固な接合を可能にしたかというと、鉄製のスピナーの穴に木製ブレードの軸を接着剤を浸けて差し込むと、まず、水分の為に、鉄が錆びる、いわゆる、赤さび、酸化第二鉄になるわけですが、その際、体積がかなり増加するので、木製の軸をぎゅうぎゅうと締め付け、木の繊維の中まで錆びが入り込み、食いつく、そしてアルカリ性の成分がある程度以上に錆が進行するのを防ぎ、結果、鉄と木を錆が強固に一体化し、外すには破壊するしかないほど、強固な接合を実現していたのです。実はワタシ、工業用接着剤については、かなり詳しいのですが、その感覚的にも、これほど強固な接合をする接着はあまり例が無く、特に異種材料の接着界面の形成と充填接着剤のヒケ(肉やせ)の問題を見事に解消して、なおかつありきたりの安価な材料であることに、素直に脱帽しました。
改めて、書き出してみるとヤヤコシイお話しですが、今のような接着剤の知識など全くない少年期のワタシに、非常に印象深く、興味をそそらせる文章を書かれていた、佐貫亦男先生には、揺るがない敬意を抱いています。