
【連載】呑んで喰って、また呑んで(76)
ゴルフ場の呪い
●タイ/シラチャ~バンコク
大学時代の友人U君がバンコクの玄関口、スワンナプーム国際空港に車で迎えに来た。車と言ってもレンタカーではない。タイで2番目に古いバンプラ・インターナショナルGCの送迎車である。車の中には日本人がもう一人いた。U君の高校時代の友人である。U君たちは私よりも1日早くタイ入りしてゴルフを楽しんでいたのだ。私も3泊して、のんびりとゴルフをすることになっていた。
空港を出発して1時間ほどで勝手知ったるバンプラGCに到着した。というのは、以前にもU君に誘われて2回訪れていたからだ。こう書くと、いかにも私がゴルフが大好きな人間に思われることだろう。最初に断っておく。ゴルフ好きには申し訳ないが、私はゴルフにはほとんど興味がない。
私が生まれて初めてゴルフをしたのは、U君が香港に勤務していたときだった。私がタイから帰国する途中、香港に立ち寄ったので、
「ゴルフ、やったことないだろ?」
U君が上から目線で決めつけた。
「うん、ない」
「明日、ゴルフに連れて行ってあげるよ。楽しいぞ!」
「ああ」
翌日、友人と私は、由緒正しい香港ロイヤルGCのコースに立っていた。なんとゴルフなんて一度もやったことがないのに、最初からコースである。それも名門ゴルフ場の。
ああ、何度空振りしたことか。そんな無様な私の姿を見て、キャディーの女性たちがケタケタと笑う。運動神経が人一倍あると自負する私としたことが、なんとしたことか。結局、散々な結果に終わった。それがトラウマになってゴルフを敬遠するようになったのか。いや、そうではない。「ふん、玉転がしをしてどこが面白いのか」と思っているからだ。
では、なぜ性懲りもなくタイのゴルフ場に行ったのか。バンブラGCにはホテルも併設されており、プールもある。つまり、ゴルフをしなくてもリゾート・ホテルとして楽しむことができるからだ。ちなみに、プロゴルファー養成の「坂田塾」で有名な坂田信弘プロが塾生と合宿するのも、バンブラGCである。バンブラGCのあるシラチャは日本人駐在員が多いので、彼らもよくプレイするらしい。ゴルフ合宿するのは「坂田塾」だけではなく、日本大学のゴルフ部も常連だとか。
もちろん、レストランもある。ゴルフで汗を流した後に呑むビールがたまらん。喉がカラカラなので、「ビア・シン(シンハー・ビール)」よりもアルコール度の低い「ビア・クロスター」が合う。それが楽しみでゴルフに来ていると言ったほうがよいかも。しかし、問題は料理だ。せっかくタイに来ているのだから、本格的な激辛タイ料理を食べたいのに、出てくるのは日本人向けに辛さを抑えたものばかり。日本人の利用者が多いので、仕方がないのだろうが、私には不満である。
初めてバンブラGCで食事をしたときのことだ。U君が私にこうすすめた。
「ここで一番美味いのは、蟹を卵とカレー粉で炒めたやつ」
U君が私にすすめたのは、大好物の「プーパッポンカリー」に違いない。それにしたのだが、出てきた料理を見て驚きと同時に落胆が襲う。本来なら蟹の殻つきのまま調理するのだが、殻なしの剥き身だったからだ。
期待せずに一口食べてみると、案の定、期待外れだった。まったく辛くないし、ケチャップを入れたのか、異常に甘い。吐き出そうとしたが、その味を絶賛する友人が可哀想なので、我慢して呑み込んだ。それ以来、私はこのレストランでタイ料理を注文しなくなった。
さて、話を戻そう。
翌日、軽めの朝食を済ませて、コースに出たのだが、どうも頭痛がする。そのうち吐き気が。熱もあるようだ。もうプレイどころではない。
「あかん、風邪、引いたみたい」
U君に不調を訴えて、私は部屋で休むことにした。横になって眠ろうとするが、なかなか寝付けない。そのうち冷や汗が全身から滲み出てきた。悪寒が走る。頭痛がますますひどくなった。やはり風邪なのか。胃も痛くなった。あまりの苦しさにベッドの上でのたうち回っていると、疲れたのだろう、眠ってしまった。
目を覚まして時計を見る。1時間は眠っていたようだ。私は決心した。こんなところにいるよりも、バンコクに行こう。そして美味しいタイ料理を食べると、風邪も吹っ飛ぶかも。
いずれにしても、好きでもないゴルフ場に来ると、ロクなことが起こらない。フロントでバンコク行きの車を手配してもらい、U君宛のメッセージも手渡す。バンコクの友人ピクンに「これからバンコクに行くよ」と電話した。彼女は昔からの友人で、美食家だ。「プーパッポンカリー」の美味しさを教えてくれたのも、ピクンである。車に乗り込み、いざ、バンコクへ。
1時間半も経たないうちに、車はピクンと待ち合わせしたスクムビット通りのホテルに。彼女の愛車ジャガーに乗り込む。
「これから友達の家でランチするわよ」
そう言って、ピクンはアクセルを景気よく踏んだ。乱暴な運転である。
友達というのは、タイの大手銀行のアユタヤ支店長だった。平日なのに、なぜか家にいる。
「今日は仕事は休みですか?」
と尋ねると、
「ランチの後に職場に戻るよ」
どうもタイ人の仕事感覚がわからない。そこがまたタイ人の面白さでもあるのだが……。彼の夫人が、料理を運んできた。厚めに切ったビーフである。ナンプラー(タイの魚醤)をつけて焼いたようだ。
「ウイスキー、呑むでしょ?」
支店長が私と彼のグラスにウイスキーを注ぎ、炭酸水を加えた。アルコールを呑まないピクンは水だ。こんがりと焼けたビーフをつまみにウイスキーを呑む。
「うん、アローイ・マー(じつに美味い)!」
思わず私はタイ語で叫ぶ。
支店長は空になった二人のグラスにまたウイスキーと炭酸水を。この繰り返しが2時間ほど続いたろうか。気が付くと、熱も吐き気も、胃痛も嘘のように消えていた。
不思議である。ウイスキーは「万能の薬」なのかも。それともゴルフ場から「おさらば」したのが、一番の良薬だった気がしてならない。私には「ゴルフ場の呪い」がついて回っているのかも。ところで、相当アルコールが強いのか、支店長は平然とした足取りで自宅を後にしてアユタヤの職場に向かった。