【連載】呑んで喰って、また呑んで(61)
「ダーツの会」は一流料理店?
●日本・千葉県白井市
新型コロナウイルスのおかげで、ストレスが溜まって仕方がない。どこへ出かけるにもマスクが。面倒この上ない。もううんざりだ。東京にはもう半年近く行っていないので、旧友と会う機会もなくなった。
最近の楽しみと言えば、住まいの近くで毎週開かれる「ダーツの会」に出席することだろう。東京・高円寺に住んでいた頃、JR高円寺駅の近くにダーツのできるバーがあったが、酒を呑むのに忙しくてダーツの矢を手に取ることはなかった。そんなに興味がなかったからである。
そんな私が、なぜダーツに夢中になったのか。「ダーツの会」が始まって2年以上は経つ。最初の頃は黙々とダーツをするだけだった。が、半年ばかり前から「呑み喰い」ができるようになったのである。嬉しいではないか。
そう、参加者が酒と肴を持ち寄り、格調の高い話題で歓談しながらダーツを楽しむのだ。携帯のオーディオセットを持参したメンバーが、クラシック音楽を流す。うーん、なんて上品な会なのか。私にぴったりである。ときたま大声で訳のわからないことを口走るメンバーもいることはいるが……。
しかし、何と言っても、ヒロシさんの存在が大きい。いつも手の込んだ料理を仕込んで持ってくるからだ。台湾のカラスミ、スウェーデンのザリガニ、アワビの刺身など、美食家が泣いて喜ぶ食材をさりげなく提供してくれるから有難い。まさに「神様、仏様、ヒロシ様」である。
先日の参加者は、ヒロシさんも含めて7人。蒸し暑い日だった。ヒロシさんが額から汗を垂らしながら料理を運ぶ。イカや魚のフライとともに、クジラの刺身が。
「ええ、クジラです」待ってましたとばかり、ヒロシさんが説明を始めた。「ニタリクジラと言うんですよ。ショウガとニンニクを摩り下ろしたので、好きなほうをつけて食べてください」
四方から箸を持った手が伸びる。私は醤油にショウガとニンニクの両方を入れて口に。じつに柔らかいし、クジラ特有の臭みもまったくない。クジラの肉が舌の上で溶けそうだ。美味い。
ところで、どうしてニタリクジラと呼ばれているのか。気になったので、翌朝、ネットで調べてみた。もともとはイワシクジラと同じ種類と見なされていたが、ナガスクジラに似た噴気を上げ、ナガスクジラに似た背びれをあることから、「ニタリ(似たり)クジラ」と命名されたという。
最近ではニュースでも話題になった。高知県黒潮町は「クジラに逢(あ)える町」として有名だ。その沖の土佐湾では、もともとホエール・ウォッチングが盛んなのだが、ニタリクジラの群れが連日のように出現している。体長12~13メートルのニタリクジラが10頭も揃って姿を見せるのは極めて珍しいのだそうだ。
さて、ヒロシさんは南アフリカの白ワインも持参した。仕事でケープタウンにも駐在したことがあるので、南アのワインには殊の外詳しいのだ。クジラの刺身に合いそうなので、私はグラスにワインを注ぐ。口に含むと、酸味を適度に抑えた味だった。まさにクジラの刺身とは絶妙の組み合わせである。
30分ほど経ってから、ようやくダーツが始まった。全員、ほろ酔い気分である。それでもKさんもはいつものように的の真ん中に矢を集中させた。日本酒が大好きなKさんは酒が入っていても、冷静なのだ。もし、ダーツが五輪種目に入れば、Kさんは日本代表に選出されてメダリストになるに違いない。
私? 恥ずかしながら、呑み喰いに夢中で。そんな「ダーツの会」なので、酒好きにはたまらん。会を主宰するОさんは、メンバーが定着しつつあることに目を細めている。