【連載】呑んで喰って、また呑んで㊹
ブイヤベースにはコロナで乾杯!
●日本・西伊豆
そのビールのアルコール度数は4.5%とかなり低めだ。すっきりとした味わいなので、女性にも大人気だった。「だった」という過去形を使ったのは、同名のウイルスのせいで、売れ行きが激減したからだ。そのビールの名は「コロナ」。正式名称は「コローナ・エクストラ」で、世界180ヵ国で販売されている世界で最も飲まれているメキシカン・ビールである。
生産しているのはグルポ・モデーロ社はメキシコ国内に11の醸造所を持つが、ベルギーに本社を置く世界最大の酒類メーカー、アンハイザー・ブッシュ・インベブの傘下にある。
日本でも評判が良く、輸入ビール・ブランドの第1位が「コローナ・エクストラ」だった。メキシコの隣国であるアメリカでもコロナを好む人が多く、ビール人口が多い中国での売れ行きも好調だった。ところが、新型コロナウイルスが蔓延したお陰で、コロナ・ビールが今や大ピンチ。
アンハイザー社によると、2020年1月から2月だけの2カ月間で約2億2100万ポンド(約310億1300万円)も売上が失われたという。「コロナウイルスによって深刻な打撃を受けた」というのが、その理由。要するに、風評被害である。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、グルポ・モデーロ社は4月2日、コロナ・ビールの生産を同月5日から一時停止すると発表した。
一時的であれ、製造中止は残念でならない。私もコロナ・ビールの愛飲者の一人だからだ。この連載でも書いたが、以前、スポーツ雑誌の企画でラム肉がメインの野外グルメ・パーティを開いた。これが読者の間で好評だったので、さっそく第2弾を企画して実行に移したというわけ。
テーマは「野外グルメ・パーティ西伊豆編 エビ踊り、カニ舞いあがる」。そう、西伊豆の海辺で海鮮料理を楽しんだのである。このときに用意したのは、白ワインでもなく、ビールのみ。パーティの後に泳いでも支障がないようにと、アルコール度数が低いビールを選んだのだ。そのビールこそ、「コローナ・エキストラ」だった。
東京から食材とコロナ・ビールを大量に積み、車2台で西伊豆の大浜海岸に向かったのは、確か秋の初めである。なぜ、エーゲ海でもなく、カリブ海でもなく、西伊豆にしたのか。東京から約3時間と近いからである。ま、何よりも低予算で済む。それが西伊豆にした一番の理由だ。
なぜ夏ではなく、秋に海辺で海鮮パーティを開こうとしたのか。カニとエビが大量に手に入ったからである。前回も大活躍した「仕込み班」のコーディネーター兼雑役のNがフィリピンで安く仕入れてきたのだ。カニは5杯だが、エビはなんと30匹もある。それも10センチほどの大ぶりのエビだ。確か、ブラック・タイガーだったか。早く喰いたいが、はやる気持ちを抑えた。これから準備がある。
秋だから海辺には人影がほとんどない。Nが手際よくテーブルを設置し、どこからか拾ってきたのだろう、白い布をテーブルクロスにする。フィリピンから空路で持ち帰ったカニとエビは、冷凍していたのでコチンコチン。同行したモデルの女子3人が解凍するために、海水で浸しながら洗う。そして、ゆっくりと解凍させるために日光にさらす。彼女たちには炭火起も手伝ってもらう。
「ノドが渇いたなあ」とNがアイスボックスに手を突っ込んだ。「これなんだよ、これがアメリカで人気が出ているメキシコのビールなんだ」
Nが取り出した瓶のラベルには、「コローナ・エキストラ」と印字されていた。瓶からグラスになみなみと注ぐいたNがもったいぶって説明する。
「これにライムをたらして飲む。それがメキシコ・ビールの正しい飲み方なんだ。うまいんだぜ」
そう言ってNがグラスにライムを垂らすやいなや、一気にグラスを呑み干した。
「くへーっ、美味い!」
本当に美味そうに呑むではないか。
それを見ていた女子の一人が、
「私もそのビール呑みた~い」
と甘えるような口調で懇願する。他の2人も同調した。
仕方がない。料理は完成していないが、みんなで乾杯するしかない。ここはメキシコ風に「サルー(乾杯)!」だ。
いや、うまいのなんの。海辺で吞むコロナは格別である。さて、料理に取りかかろう。この日のメインはブイヤベース。南フランスの海鮮鍋である。鍋にブイヨンを注ぎ、炒めた玉ねぎを加える。そしてフィリピン産のエビとカニを鍋に放り込んむ。
その後に地元の魚屋で調達したタイ、ヤリイカ、イサキ、アサリも。塩胡椒をし、ローリエ、セロリ、パセリの枝で味を引き締める。数分もすると、湯気が鼻腔を刺激し始めた。
ああ、出来上がるのが待ち遠しい。コロナ・ビールも残り少なくなった。そして、ようやくブイヤベースが完成。スープと具材をそれぞれ別の皿に盛り付ける。さあ、豪華なランチの始まりだ。ナイフとフォーク、スプーンの金属音、ころな・ビールの入ったグラスが合わさる音、舌鼓の音、そして賑やかに歓談する声が静かな大浜海岸に響き渡った。